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スポーツジャーナリスト生島淳氏が語る黒田の男気

 

黒田の復帰は何もかもが規格外だった。現役バリバリの日本人メジャー・リーガーの帰国も、それを受けた“黒田フィーバー”も。何が人々を感動させ、熱狂させるのか。スポーツジャーナリストの生島淳氏が、その本質に斬り込む。
文=生島淳、写真=小山真司、佐藤真一



尋常でない光景


 3月29日、黒田博樹のマツダスタジアム初登板の日、11時34分広島駅着の新幹線を降りると、大げさではなくホームが赤く染まった。カープのユニフォームを着たファンが、どっと降車してきたのである。

 東京、名古屋、大阪に岡山。各地から黒田の復帰戦をひと目見ようと馳せ参じてきたファンたちだ。

 広島駅南口からスタジアムまでのおよそ800メートルは、ファンが数珠つなぎになって、それはまるで何かの巡礼の列のようだった。

 いちばん目立った背番号は、もちろん「15」。尋常ではない期待が感じられた。

 黒田は7回を無失点に抑えてマウンドを降りたが、2対1で迎えた9回裏、カープがピンチを迎えると、スタンドが重苦しい雰囲気に包まれた。「もし、黒田の初勝利が消えてしまったら、どうしよう?」。この不安をみんなが共有していた。

 辛くもカープが逃げ切り、黒田は8年ぶりに日本球界での白星を拳げたが、ヒーローインタビューに送られた声援は、日本のスポーツシーンでは滅多に聞かれないほどの“熱”で満たされていた。ファンの思いに対し、「広島のマウンドは最高でした」と答えた黒田は、大スターの貫録さえ漂っていた。

 黒田の人気は、2008年にカープを後にして、ロサンゼルス・ドジャースへ移籍したときとは比べられないほど「全国区」規模になっている。

 2月16日に広島市内で行われた復帰会見の様子を収めたDVDが売れているし、多くの一般誌が黒田にページを割くようになった。もしも、ヤンキースに残っていたとしたら、こんな現象が起きるわけがない。

 なぜ、15年の日本プロ野球界に「黒田フィーバー」が起きているのか。その謎を解いていきたい。

「男気」の本質


 黒田という人間を表現するのに使われる「男気」。このままだと、15年の流行語大賞を受賞しそうな勢いだ(カープが日本シリーズまで到達したら十分にあり得る話だろう)。しかし黒田本人は「僕自身は『男気』という言葉は一度も使ったことはないんですよ」と若干、照れくさそうにしている。

 黒田自身が意識していないにせよ、この言葉には彼のベースボール・プレーヤーとしての生き方が凝縮されている。

 男気の中身とは何か? そこにあるのは、カープという球団への「愛着」であり、「感謝」の念が根っこにある。

 振り返ってみても、黒田が不在の間もカープは苦しんだ。ようやく上向いてきたのはここ2シーズンだ。資金も潤沢ではない。なのに、黒田は帰ってきた。「カープ愛」という表現も使われるが、何よりも、ひとつの組織に「忠誠」を誓っている人間だということがファンの心を動かす原動力になっているのではないか?

 黒田が在籍していた時代から、FA権を取得して他球団に移籍するのは珍しくなくなっていたし、ファンもその風潮に慣れてしまった。これは日本の世相と連動する。

 平成になってから日本の雇用の形態が大きく変わり、「終身雇用制」は崩れた。プロ野球界でも1993(平成5)年からFA制度が導入され、ひとつの球団で生涯プレーすることが少なくなった。当時の代表的な選手、たとえば清原和博落合博満らの選手はFA制度を活用し、よりよい待遇が得られるチームに移っていった。FAではないものの、王貞治氏が巨人からソフトバンクの監督になったときも、私は軽いショックを受けた。時代が変わったのだな、と寂しく思った。

 スター選手の終身雇用が崩れ、労働の流動性が高くなった現在、黒田のように年俸の安い古巣に帰るという考え方は画期的だ。いや、古い。古過ぎる! しかし、その決断こそが今は新鮮に映る。

 黒田はカープに忠誠を誓い、メジャー球団からの巨額のオファーを断ってまで広島に帰ってきた。最初に就職した会社に対し、生涯の忠誠を誓ったようなものだ。

 誰もが忘れていたような、義理堅い生き方。黒田には、いい意味での「古さ」があり、昭和の香りが漂ってくる。それはとっても心地の良いものだ。

 こうした決断をする背景には、60歳で亡くなった母の影響があるかもしれない、と黒田は話してくれたことがある。

「母が亡くなってからずいぶん時間が経っていますが、いろいろと迷ったときには『母親だったら、どう考えるだろうな?』と想像上の会話をしてみることがあるんです。母は・・・

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