FA権を獲得した昨年、オフに権利を行使せずに残留する道を選んだ。すべてはライオンズで正捕手として優勝するために――。しかし現在、その目標を達成するのは極めて厳しい状況だ。13連敗を喫する苦境もあった。だが、炭谷の心は折れない。正捕手として、最後の最後まで身を粉にして働くだけだ。 文=中島大輔(スポーツライター)、写真=内田孝治、桜井ひとし 敗戦の責任を背負う正捕手
交流戦まで快調に白星を重ねてきた
西武だが、夏場に入って状態が急降下した。7月15日の
楽天戦(西武プリンス)からオールスター休みをはさみ、球団ワーストの13連敗を記録。実に21日間も勝利から見放されている。
その後も調子はなかなか上がらず、2008年以来のリーグ優勝は現実的に不可能な状況に追い込まれた。
その責任を背負う格好になった一人が、正捕手として開幕からマスクをかぶり続けてきた炭谷銀仁朗だ。7月25日の
日本ハム戦(西武プリンス)で先発出場を
岡田雅利に譲って今季2度目のベンチスタートになると、以降スタメンを外れる試合が増えていく。8月5日の楽天戦(コボスタ宮城)から4試合連続で岡田が先発マスクをかぶっている。
この第2捕手が8日の
オリックス戦(京セラドーム)で負傷して登録抹消されると、翌日は二軍から昇格した
上本達之が先発出場した。「これも勉強やと思っています。それしか言えないですね」
11日に西武プリンスで行われた日本ハム戦の前、炭谷に自身の置かれた状況をストレートに聞くと、言葉を選ぶように話した。遠い一点を凝視するような表情が、何より胸の内を物語っていた。
同時に、歯を食いしばる姿には正捕手のプライドがにじみ出ていた。それは今季、炭谷が例年以上に強い気持ちで臨んでいることに関係がある。フリーエージェント権による移籍をウワサされた昨季終了後、この権利を行使せず、西武と1年契約を結んだ決断だ。
「1年間通してマスクをかぶって、優勝できていません。優勝したいという気持ちが強かったですね。最後まで悩みましたけど、自分の気持ちに正直になったところ、『西武でやりたい』という答えが出ました」
昨季後半、クライマックスシリーズ出場の望みが消えて消化試合を戦っていたチームでは、高卒1年目の
森友哉に捕手としての出場機会が与えられた。今季入団10年目を迎えている炭谷にとって、割りを食うようなこの起用に感じることはさまざまあったはずだ。
それでも、残留という選択を下した。森とのレギュラー争いから逃げず、一番の目標を目指すためだ。
投手陣と対話を重ね築く信頼関係
「西武で優勝したいという気持ちは年々強くなっています」
8月13日の日本ハム戦(西武プリンス)の前に聞くと、炭谷はあらためて決意を話した。チームとして見据える目標を達成するために、数年前から個人的にずっと掲げてきたのが「全試合フルイニング出場」だ。
そうして迎えた今季だが、この二つとも厳しい状況に追い込まれている。そんな炭谷の心境を推して測るのは、決して難しいことではない。
それでもライオンズの女房役は、グラウンド内外で自身に課した仕事を黙々とこなしている。
西武プリンスでナイターが行われる際、炭谷は午前11時、誰よりも早く戦いの場にやって来る。自宅で相手や自チームの資料を確認した後、球場でランチを食べながら再チェックするためだ。ウエート・トレーニング、アーリーワーク、試合前練習を行い、いよいよ本番を迎える。
この間、投手陣とコミュニケーションを重ねていく。今季、とりわけ対話を深めている一人が
菊池雄星だ。
2010年ドラフト1位で入団した大型左腕は13年に前半戦だけで9勝を挙げたものの、以降、期待に見合った活躍を見せられずにいる。自他ともに認めるように考え過ぎる嫌いがあり、試合中にいきなり崩れるシーンが少なくないのだ。
今季は左ヒジの炎症で初登板が4月下旬まで出遅れ、思うように勝ち星を伸ばせずにいた。焦る左腕は理想の投球を追求するあまり、溝にはまっていく。試合中は余計なことを考えさせないように、あえて話しかける機会を少なくしている炭谷だが、5月23日の楽天戦(西武プリンス)後、こんな会話を交わしたという。
「雄星は正直・・・
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