
7月7日試合終了時点で打率.378、17本塁打、15盗塁。トリプルスリーも視界に入っている
柳田悠岐を形容する際、必ずついて回るのが、フルスイングだ。ヘルメットが吹っ飛ぶほどの回転は「空振りでも金が取れる」と言われるほど、魅力の一部だ。ではなぜ、ヘルメットは飛ぶのか。
「スイングスピードは日本球界ではトップクラスでしょう。一度、計測したことがあったけど150キロ台の後半が出ていたと聞いたことがあるね」
ソフトバンクの
藤井康雄打撃コーチは、まな弟子のポテンシャルの一端を語る。
スイングスピードとは文字通り、打者がバットを振るスピード。速ければ速いほど、長距離砲の資質に恵まれる。鳥井田淳コンディショニングコーチは「(肉体の)データはチームでも上位です。ただ飛び抜けているわけではない。上位4、5人の中の一人にいます」と説明するように肉体面は他の一流選手と変わりない。
飛び抜けているとすればこの振りの速さ。
巨人、
ヤンキースなどで活躍した
松井秀喜氏もまた150キロ台後半のスイングスピードを持っていたことで知られる。理論上、日米通算507発のゴジラと双璧の身体能力を持つということになる。
才能が一気に目覚めたのは、野球に対する姿勢の変化だ。昨季、打率.317、15本塁打、70打点、33盗塁と目覚ましい活躍を見せた。今季はそれを超越するペースを刻んでいる。一番、大きいのは自覚。
森浩之スコアラーは「昨年まで自分のバッティングの調子が悪いときには来ていたけど、今年は毎試合、来ている。その差は大きいですよ」と感心する。
試合後、
松田宣浩らとともに必ずスコアラー室に現れる。「柳田悠岐」はどう、見られ、相手はどう、攻めようとするのかを研究し、配球を読むための努力が倍増した。
その結果、ボールの待ち方は格段に変化した。チームメートの
鶴岡慎也は苦笑いする。
「ギータ(柳田の愛称)はよくど真ん中の真っすぐを平気で見送りますよね。あれをやられると、何を待ってるんだ?って捕手は混乱しますよ」
追い込まれるまで研究に基づいた狙い球に的を絞る。当然、直球に強い柳田には変化球の比率が多い。だからそれを待つ。だから時には初球のど真ん中のストレートに見向きもしない現象が起きるのだ。
「柳田にはまともな真っすぐは少なくなっているね。だからスライダーやチェンジアップを待ったり、狙い球がしっかりしている」と藤井コーチも成長を実感する。
ヤマを張ることはメリットだけではない。それだけ追い込まれやすくなるという点もある。そこをクリアにしているのはあのスイングスピードだ。「振るスピードが速ければ打ちに行って見極めることができる」(同コーチ)。
マウンドのプレートからホームベースまでの18.44メートルは同条件だが、常人より、速く振ることのできる才能はこの男が生まれ持った宝物だ。ボールを長く見極められる選球眼で、7月7日試合終了時点で.378という高打率は維持されている。
歩んできたのは日陰の道だった。名門・
広島商に所属したものの、高校通算本塁打は13本。目立つことはなかった。そのまま、地元の広島経済大へと進学。藤井コーチは、当時
オリックス・中四国担当スカウトとして4年時の柳田を見ている。
「スイングスピードは当時から素晴らしかった。ただ広島六大学リーグだったし、中央球界での実績がなかったよね。いいものはあるんだけど、時間はかかるという評価だった」
当時、同大の野球部監督は広島OBの
龍憲一氏。好素材がいるとの情報は地元球団にも伝わっていたが、外野手は左打者が多いという理由もあって、広島は上位指名を見送っている。
海のものとも山のものともつかなかった才能は、プロ5年目の今季、当時から輝いていたフルスイングにより、史上9人目となるトリプルスリー達成さえ期待させる球界屈指の外野手に成長した。
文=田口礼(フリーライター) 写真=BBM