人生、出会いがすべて。長嶋茂雄、天秤棒打法、三原脩監督。どの1つが欠けてもこの人の野球人生はなかった。 文=大内隆雄、写真=BBM 
常にボールを芯でとらえるからバットは滅多に折らなかった。2年半使ったバットもあるそうだ[60年ごろ]
近藤和彦の野球人生には、3つのターニングポイントがあった。
1番目は明大での立大・長嶋茂雄との出会い。
2番目は、あの天秤棒打法のマスター。
3番目は、三原脩監督との出会い。
順番に説明していくと、長嶋とは55年冬の第2回アジア野球大会(マニラ)のメンバーに選ばれた際に、親しくなった。同じ1936年早生まれ。未成年ということもあったのか、当時は海外渡航手続きが面倒で、パスポートが渡されたのは2人が最後。さて、パスポートにサインとなったとき、いままで何度も書いてきたことだが、長嶋が驚くようなことをやってくれた。これまで、近藤の話をウロ覚えで書いてきたが、ここで取材ノートを確認し正確に書いておく。
「あいつ、シゲオではなく、チゲオと書いたんです。つまりSHIGEOと書くべきところを、CHIGEOと書いてしまった。あいつ・・・
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