鶴岡一成が極めたポジションは、光の当たる場所ではない。あくまでも投手を支える場所。それが捕手だ。しかし、多くの経験と努力がなければ、投手を輝かせることはできない。多くの出会いを経験に変え、自分自身を創意工夫しながら投手に信頼される女房役となっていった。そして、今季、一人の投手を大エースに育て上げた。その鶴岡の野球ストーリーとは――。 文=酒井俊作(日刊スポーツ)、写真=松村真行、前島進、BBM 東京ドームの薄暗い通路を引き揚げていく。
阪神はクライマックスシリーズファーストステージ
巨人戦で1勝1敗に持ち込みながら、10月12日の最終戦に敗れ去った。ベテラン・鶴岡一成は重い足取りだった。先発マスクをかぶり、
能見篤史をリード。直球で内角を突く。スライダーやフォークを散らす。手を尽くしても、報われなかった。
今年ほど、プロ20年目の存在感が際立ったシーズンはないだろう。5月14日の
ヤクルト戦(神宮)は、もしかすると、球団史、いや、のちの日本のプロ野球史を動かす試合になったかもしれない。
藤浪晋太郎がエースになった日――。まさに、ターニングポイントだった。藤浪自身4連敗で迎えたマウンド。女房役に指名されたのが鶴岡だった。今季初コンビだが序盤は制球も乱れて苦戦。
「ん、大丈夫かと思うくらい球が荒れていた。唯一、カーブだけが腕をしっかり畳めて投げられていた。確か思い切って初球からカーブのサインを出した」。大荒れの投球が一転したのは、1点を勝ち越した5回だった。
先頭は
成瀬善久だった。外角低め速球で見逃し三振を奪った。投手相手のオール直球での3球三振は、ありふれた光景に映るが、実は違う。バッテリーにとって驚きの球筋だった。鶴岡自身、別次元の感覚を味わっていた。ベンチに戻ると藤浪に声を掛ける。
「あの感覚、すごく良かったよね」
21歳の剛腕も「すごく良かったです。ミットを突き抜ける感じでした」とうなずく。この何げない一言をベテランは見逃さなかった。

5月14日のヤクルト戦(神宮)で手応えをつかんだ藤浪の投球をさらに進化させる配球、組み立てをして真のエースに育てた
人はいつ成長するのか。
ささいなキッカケを見過ごすと、再び「普段の自分」に戻る。物事にはタイミングがある。鶴岡のすごみは、そのことを的確に把握し、将来に向けた配球を徹底したことだ。
「あの1球はちょっと強烈でしたね。これはすごい球がきたなと。晋太郎の指先の感覚と体の使い方が・・・
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