聖光学院高2年のときに、オーバースローからサイドスローに転向したのが一つの転機になったと思います。ブルペンでの投球練習中に斎藤(斎藤智也)監督から「サイドスローにしてみないか。最初は遊び感覚で投げて、合わなかったらいいから。サイドのほうが(出番が広がる)可能性はあるぞ」と助言していただいたのがきっかけです。自分の同学年投手は上手投げが多かったので。
そこからはずっとサイドスローで大学、社会人、そして今に至っています。苦しかったこともたくさんあったんですけど、今はこの投げ方だからこそ、決して大きくない体で生きていけていると思っています。助言をくださった恩師には本当に感謝しています。
『週刊ベースボール』2024年12月23日号(2024年12月11日発売)より
写真=BBM