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<1983年10月11日>誇り高きレジー・スミスが1試合で3本塁打と6打点! 巨人のリーグ優勝が決定

 

勝てばリーグ優勝が決まるという試合で、レジー・スミス[巨人]は3本塁打の固め打ち[手前左から篠塚和典中畑清末次利光打撃コーチ]


来日1年目の後半に本領発揮


 1982年のオフ、巨人は「超大物」と呼ぶべき外国人選手を補強した。その名は、レジー・スミス。

 この強打のスイッチヒッターが、MLB通算17年間で残した成績は2020安打、314本塁打、打率.287。サンフランシスコ・ジャイアンツでプレーした82年には18本塁打、打率.284を記録した。この年37歳と相当なベテランではあったが、間違いなく「現役バリバリの大リーガー」だった。

 正式契約は12月24日。82年に0.5ゲーム差で優勝を逃した巨人にとっては待望のクリスマスプレゼントとなった。しかしその本当の中身は、開けてみるまで分からなかった。

 82年限りで巨人を退団したゲーリー・トマソンは言った。「オールスターまでもたないだろうよ。あんなにカッとしやすい男はいないからな」。

 短気な暴れ者。MLB時代のスミスはそう呼ばれていた。筋骨隆々とした体躯にアフロヘアー、そして立派な口ひげ。一見コワ面のスミスは、実際来日してからも時に過激な行動を見せた。執拗な内角攻めを要求する捕手には砂をかけ、人種差別的なヤジを飛ばす相手チームのファンには殴りかかった。納得できない判定に怒りを爆発させ、バットでロッカーを破壊したこともある。

 だが、スミスは単なる身勝手な暴れん坊ではなかった。彼が怒るのは理不尽な行為や言葉に対してであり、普段は教養あふれる紳士だった。大リーガーとしての誇りこそ忘れなかったが・・・

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