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ポジション変更がもたらす化学変化

 

2015年シーズンを迎え、新たな挑戦に挑む選手たちがいる。ポジションの変更は生半可な気持ちでやり遂げられることではない。だからこそ、選手たちはキャンプで必死になって汗を流す。そうして流した汗は、選手たちの血となり肉となり、そして、チームにとっても良い化学変化をもたらしている。

巨人・阿部慎之助(捕手→一塁手)


巨人正捕手の座を明け渡し、打撃不振からの脱却を図る

 今キャンプのテーマの1つに「自己満(足)」を挙げる。阿部慎之助自身がどれだけ満足のいく練習をできるかが大事、という意味だが、主将に就任した2007年から昨年までの8シーズンは、たとえそう思ったとしても、口にすることは許されなかった。“個”ではなく、“チーム”を最優先すべき立場にあったからだ。

 しかし、昨季を限りに主将の座を坂本勇人に譲り、さらには一塁手へのコンバートという形で、01年の入団から守り続けた正捕手の座からも退いた。これで表向きはさまざまな重責から解き放たれたことになる。コンバートのそもそもの理由は、36歳を迎える体への負担を軽減し、打撃に専念するため。昨季は首の故障もあり開幕から極度の不振に苦しみ、打率は.248。セ・リーグの規定打席到達者の中では、最下位という信じられない成績に終わっていた。しかし、12年には首位打者(打率.340)と打点王(104打点)の2冠にも輝いた打撃の修復は十分に可能。そう判断した原辰徳監督から、秋季キャンプ時に打診を受け、熟慮の末に提案を受け入れている。

 切り替えは早かった。今春季キャンプ初日の練習前、青島神社参拝では、絵馬に『初心』と書いて奉納しているが、オフの自主トレから、まるで過去の自分と決別するかのようなハードなトレーニングを開始した。坂本、長野久義らをともなって行ったグアム自主トレでは、連日、6時間に及ぶメニューを消化。絞り上げたボディーでキャンプインを迎え、指揮官も「阿部は良いスタートラインからだと思います」と珍しく個人名を出してその姿勢を絶賛している。

捕手、主将の要職から退くも、阿部はこれまで以上にストイックに練習に打ち込んでいる



 キャンプに入ってからは追い込みに拍車が掛かる。午前8時には球場入りし、全体練習が始まる9時半までトレーニングルームで素振り、ウエート・トレーニングでみっちりと汗を流す。スローペース調整が許される年齢、立場だが、初日のフリー打撃ではチーム一番乗りとなるサク越えを披露するなど、誰よりも仕上がりは早い。また、これまでは投手陣のピッチングに合わせてブルペンに足を運び、厳しい目を向けていたが、今キャンプでブルペン入りするのは、自らの下半身強化の一環で投球練習をするときだけ。捕手とは完全に決別、その覚悟が見てとれる。

 重責から解放され、傍から見ればノビノビとプレーしているように感じる。しかし、事はそう単純ではない。「打つ方で貢献しなければいけない思いが強いです。打てなければ外されるし、プレッシャーは逆に大きい」。これまで以上にストイックに練習に打ち込む理由だ。指揮官からは「3割30本塁打」を期待されている。要職から外れたとはいえ、誰もが慕うリーダーは、自らのバットで、チームを3年ぶりの日本一奪回に導くつもりだ。

楽天・松井稼頭央(遊撃手→外野手)


プロ22年目の新たな挑戦
志願した外野への登録変更


 これまでより一回りサイズが大きいグラブを手に松井稼球央は外野へと走り出した。そこに見慣れた景色はない。沖縄・久米島の日差しを浴びながら、誰よりも必死になってボールを追いかけた。メジャーで二塁を守ったことはあったが、プロ野球生活のほとんどを遊撃で過ごしてきた。プロ22年目。新たな、そして大きな挑戦が始まった。

 かつて遊撃で4度のゴールデングラブ賞を受賞した名手の、大きな決断だった。昨季途中から外野練習に取り組み、今季から志願して選手登録も「外野手」となった。退路を断つ覚悟だ。「長く野球をやらせてもらっているのが一番」。プライドに縛られることなく、1人のプレーヤーとしてグラウンドに立ち続けることを第一に考え、選んだ道だ。

 外野に追いやられたわけではない。まだまだ健在な打力、走力を最大限に生かすため、チームが考えたプランだった。安部井チーム統括本部長は「長打を打てる貴重な日本人選手の1人」と期待する。10月で40歳を迎えるが、オフには異例の2年契約を結んだ。チームに欠かせない存在に変わりはない。

 松井稼の挑戦は、チームにとっても大きなプラスとなる。昨季は21試合で左翼の守備に就いたが、外野挑戦元年となる今季は、中堅として期待されている。守備の負担は大きいが、脚力を見越してのことだ。その中堅には、大久保監督が求める機動力野球の鍵を握る聖澤もいる。さらに左翼、右翼に岡島、牧田、島内、森山らがせめぎ合う。現役時代に巨人、西武でプレーした大久保監督が、常勝軍団に欠かせないものは「競争」という。ポジション争いだけでなく、ベテランががむしゃらに挑戦を続ける姿勢はお手本そのもの。外野だけにとどまらずチーム全体への刺激となるはずだ。

前向きに挑戦に取り組む松井稼の姿勢は若手選手たちにもいい刺激になっているはずだ



 久米島キャンプは12日で打ち上げられ、13日から沖縄本島に移動する一軍と久米島に残留する二軍に振り分けられたが、ベテランは昨年同様に久米島に残留することを決めた。一朝一夕で外野守備が身に付くわけではない。スローイング一つを取っても、内野と外野ではまったく異なる。「新鮮」という一方で、やればやるほど難しさも感じている。だからこそ実戦中心の一軍ではなく、二軍で徹底的に自分を追い込んでいく。

 昨季、日米通算2500安打を達成したが、日本通算2000安打にも残り80本に迫っている。一気に増えたわけではなく、1本ずつを積み重ねてきた数字だ。練習に取り組む姿勢も同じ。「地味なことを繰り返しながら、しっかりとやっていきたい」。野球人生最大といえる転換期を迎えた。それでも前だけを向く。「野球ってホンマに楽しい」。どれだけ年を重ねても、いつまでも野球小僧であり続ける。

日本ハム・中島卓也(二塁手→遊撃手)


プロ入りからの念願叶うか
本職へのカムバックを狙う


 挑戦の場所を変え、センターラインの一角へと食い込もうとしている。中島卓也が、今季の日本ハムで注目のショートストップの最有力候補として順調にキャンプを消化している。昨季は二塁手のレギュラーだったが、今オフにヤクルトへFA移籍した大引の抜けた遊撃へと配置された。さまざまなチーム事情の余波を受けながらも、オフの時点から想定して前向きに、見据えてきただけに野心と余裕がある。「できればショートを守りたいと思っている。今季はそのチャンスだととらえ、やっていきたい」。プロ入りからの念願が、かなうかもしれないシーズンへギラついている。

中島にとって変革のシーズンとなりそうな15年。目標は尊敬する田中賢と二遊間を組むことだ



 コンバートに映るが、本職へのカムバックになる。2008年ドラフト下位指名の5位で、福岡工高から入団。無名の存在だったが、守備力の高さを買われてプロへの道が開けた。最大の特長は堅実さ。丁寧でクセのないグラブさばき、正確で美しいスローイング。そして天性の脚力がベースとして不可欠な守備範囲の広さ。基礎体力に乏しかったが1年目から着実に積み上げ、プロとしてやっていける肉体のタフさを身に付け、少しずつ芽を伸ばしてきた。培った絶対的な力を武器に、昨年は二塁手の筆頭候補は西川と目されていたが、シーズン中盤以降には奪い去った。

 長年、ベテラン金子誠が君臨してきたのが遊撃。過去に陽岱鋼ら数々のホープを後継者として期待してきたが、その牙城を崩せなかった。生え抜きから輩出するのが球団の理想。13年にドラフト1位で高校生野手No.1、遊撃手の渡邉諒を獲得したが、その思惑を象徴している。オリックスとのトレードで大引を13年に獲得。昨季まで2年間は任せたが、その「猶予期間」に開花の兆しを見せたのが中島。今季から特命コーチに就任した金子誠が「まとまっている」と評する後釜の筆頭候補として、満を持して配置転換されたのだ。成熟の7年目を迎え、球団にとっては戦略的かつ想定内のタイミングでの登用だったのだ。

 中島には発奮材料がある。今回の守備位置転向の1つの要素が、二塁が本職の田中賢の復帰。同郷の福岡の大先輩で、自身が二軍でくすぶっていた時代から沖縄・宮古島の自主トレに誘ってもらい田中賢のもとで学んできた。関係が深い、特別に尊敬している野球人だ。今も公言している「賢介さんと二遊間を組みたい」というのが夢の1つ。田中賢の大リーグ挑戦で1度は消えかけた思いが再燃し、リアルな現実になろうとしている。だからこそどん欲に、キャンプでも追い込む精進の日々だ。

 現状の栗山監督ら首脳陣の起用から推察すると打順も昨季までの二番ではなく、九番への配置を画策しているとみられる。大きな変革のシーズンになりそうな予感は、十分にある。中島が本来、目指してきた理想の選手像が、もう手の届くところにある。
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