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中国放送アナウンサー・坂上俊次
特別寄稿コラム「24年目の挑戦」

 

歓喜の瞬間から23年間、ファンは優勝への思いをなくすことなく選手を鼓舞し続け、球団は勝つために必要な選手を育て続けた。優勝当時を知る現役選手はいなくとも、その思いは赤ヘル戦士の中に脈々と受け継がれ、今年、大輪の花を咲かせようとしている――。
文=坂上俊次(中国放送アナウンサー)、写真=小山真司



予想ではなく願望


 歓喜を待ちわびて24年目の春となった。1991年の優勝を知る選手は、ベンチにいない。山崎隆造も、野村謙二郎も、前田智徳も、北別府学も、佐々岡真司も、次なる勝利を味わうことなくユニフォームを脱いだ。

 FA制度の導入で主力選手がチームから流出した。故障者も少なくなかった。カープは世代交代の時期に差しかかっていた。

 悪夢の15年連続Bクラス……。

 それでも、春になれば桜が咲き、本拠地のスタンドは期待に胸を膨らませるファンで赤く染まった。

 ファンの希望は、毎年、カープ優勝を断言する安仁屋宗八の「今年は優勝間違いなし」の言葉だった。強気の内角攻めで119勝をマークした大物OBは評論家として16年連続でカープの優勝を予想し続けてきた。

 70歳になった安仁屋は真意を語る。

「優勝予想というより、願望です。お世話になったチームだし、カープがなかったら、今の自分はありません。だから、強いとか弱いではありません。愛情込みの優勝宣言ですね」

 カープファンは待ち続けてきた。厳しいヤジも聞こえたが、その根底には広島市民の愛情があった。

 優勝に近づいたシーズンもあった。96年、野村謙二郎、金本知憲江藤智、前田智徳、緒方孝市ルイス・ロペス、「ビッグレッドマシン」と命名された強力打線を武器に優勝候補の巨人に最大11.5ゲーム差をつけた。

 しかし、主力選手の故障や投手陣の不調もあり、巨人に逆転優勝を許し、中日にも抜かれ、気がつけば3位でシーズンを終えていた。

 当時のバッテリーコーチ・道原裕幸は振り返る。

「打線はレギュラーも固定され、すごい迫力でした。チームにまとまりがありました」

 75年の初優勝も知る道原は、当時に近い空気も感じていた。「初優勝のときは、試合前のロッカーも静かで、独特の緊張感がありました。96年は、チームに似たような雰囲気が感じられました」「打高投低」と評されるチームだった。監督の三村敏之は、ビッグレッドマシンと命名された攻撃野球とスタートダッシュに勝負を懸けた。投手陣の柱は、この年12勝をマークする紀藤真琴である。

 しかし、後半戦、主砲・江藤の故障があった。エース・紀藤も6試合連続で先発に失敗した。明らかに流れが変わってしまった。

 当時の投手コーチ・川端順は当時を悔やむ。

「正直、自分でコーチ失格だと思いました。三村監督は、紀藤を軸にシーズンを乗り切ろうとしていました。しかし、紀藤が調子を落としたときに、1度リリーフに回すとか、1試合休ませるとか、何かしら彼のリズムを変えられるようにしてあげたかったです。コーチとして責任は重大です。コーチとして、技術を一気に上達させることはなかなかできませんが、気持ちを変えてあげることはできたはずでしたから」

 あれから19年目の春を迎えた。96年の投手コーチであった川端は球団の編成部長としてスーツ姿で15年シーズンの開幕を迎えた。

優勝を見据えて


 川端は、チームの練習を見つめながらしみじみと語る。

「ピッチャーはベンチの力ではどうにもなりません。逆に、攻撃は、ヒット0本で1点を取ることだって考えられます。カープの過去6回の優勝には共通項があります。リーグトップクラスの防御率と機動力です。やはり、96年は優勝するにあたって、一軍で活躍できる投手の層が薄かったです」

 だからこそ、カープは投手陣の補強に力を注いできた。前田健太野村祐輔大瀬良大地篠田純平福井優也今村猛……ドラフト1位で好投手を次々に入団させた。自由契約の久本祐一、FAの人的補償で一岡竜司ら、ピンポイントの補強も効果的だった。

 川端は力強く言い切る。

「これから、いつ、どこであっても、カープの野球はセンターラインを中心とした守りの野球であることは変わらないと思います」

 投手力は順調に強化され、セ・リーグ屈指の陣容を誇るまでになった。そこに、メジャー・リーグで79勝を挙げた黒田博樹が帰ってきた。

 これまでの若き投手陣に百戦錬磨の右腕が加わり、相乗効果も大いに期待できる。エース・前田の言葉が頼もしい。

「自分が投げる試合はとにかく勝つことしか考えない。黒田さんが帰ってきたからといって頼るばかりでなく、先頭に立ってやるつもりでいたいです。ただ、若い投手陣なので、困ったときに頼れる人が帰ってきたことは大きいと思います」

 背番号15の存在の大きさは勝ち星だけで計ることができないのである。黒田の担当だった苑田聡彦スカウト統括部長も口をそろえる。

「彼への期待は何勝という数字ではないと思います。チームが本当に困ったときに、助けてくれる存在になってくれると思います。本当に、『ここぞ!』の黒田でしょう」

 2月、キャンプ地・宮崎の鵜戸神宮で前田は必勝祈願に臨んだ。絵馬に書き込んだ目標は「優勝」の二文字だけ。これまで数々のタイトルを手にした沢村賞ホルダーが求めるのは、あくまでチームの優勝であり、仲間たちとの歓喜の瞬間なのである。

 OB会長になった安仁屋に、少し意地悪な質問をぶつけてみた。

「もし、カープOBではなかったとしたら、安仁屋さんは、今年のカープを何位と予想しますか?」

 白いヒゲをなでながら、安仁屋は答えた。

「やはり、カープが優勝と予想するわな。2年連続でクライマックスシリーズに進出して、そこに黒田と新井(貴浩)が復帰した。カープOBではなくても、カープが優勝と予想するじゃろう。今までと違った感情だね」

 今シーズン、カープ19代目の監督に緒方孝市が就任した。三村敏之から「背番号9」を継承し、96年の悔しさをグラウンドで経験してきた名外野手である。

 就任会見で新指揮官は、三村について思いを馳はせた。

「現役時代に褒められたことはほとんどなく、怒られてばかりでした。その中でも、野球をしっかり教えていただきました。その中でも、三村さんが(監督を)辞めるときに、『いい選手になったな』と言ってもらったのが自分の中でかなり印象に残っています」

 目指すは、優勝。新生・緒方カープは、妥協なき練習と熱き魂で、23年間遠ざかった頂点を見据える。

 優勝を逃してきた23年間は、ただ過ぎ去ったものではない。その時間には、カープを愛したあらゆる人々の喜怒哀楽が詰まっている。そのすべてを背負って、赤ヘル戦士の24年目の挑戦が始まる。

筆者プロフィール
さかうえ・しゅんじ●兵庫県出身。大学卒業後、1999年に株式会社中国放送に入社。広島戦の実況を中心にスポーツ番組を担当する。
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