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Vやで!阪神タイガース大特集

主将・鳥谷敬の“V奪回に懸ける思い”

 

気付けば2005年のリーグ制覇の味を知る数少ないプレーヤーの1人となった。冷静沈着、クール、鉄仮面などと表現されることも多いが、さにあらず。虎の主将・鳥谷敬がV奪回に懸ける思いは、誰よりも強い。
取材・文=佐井陽介(日刊スポーツ) 写真=前島進



 体をよじらせ、端正なルックスを大きくゆがませた。鳥谷敬にして、鉄仮面の下に痛みを隠し切れなかった。6月21日ヤクルト戦(甲子園)の6回、左腕久古の抜け球に背中をえぐられた。あの瞬間からもう、2カ月以上が過ぎた。虎のキャプテンは当たり前のように9回裏までグラウンドに立ち続けている。

「自分からは何も言うことはない。聞かれて答えるつもりもない。出ている以上は、体が完璧な状態の人と同じなわけだから」

 6月28日DeNA戦(甲子園)で5年ぶりに七番まで打順を落とし、和田豊監督も明かしたことで発覚した背中の痛み。既成事実となってもなお、鳥谷は公の場で負傷の詳細を一切語らなかった。語る必要性を感じなかったからだ。満身創痍(そうい)の状態で懸命にプレーを続ける――。分かりやすい美談に仕立て上げられる流れを良しとしない。勝利に貢献できるなら出る。それだけだ。

 球界屈指の「練習の虫」。負傷したからと言って、可能なトレーニングに手を抜くタイプではない。日々、最善の策を尽くしてゲームに向かっていたのは結果が証明している。痛みの影響があったとみられる7月は、4月以降でもっとも高い月間打率.299をマークした。

「学校を1日休んだら、次は頑張らなきゃ行く気になれないでしょ? 試合だって1回でも休むと、どういう気持ちになるのか……。みんなと一緒だって」

 今季開幕前、「登校」を例に挙げて冗談めかした。1580を超えた連続試合出場の数字は、現時点で衣笠祥雄(元広島)の2215試合、金本知憲(元阪神)の1766試合に次いでプロ野球史上3位。ケガを抱えながら試合に出続けることは鳥谷にとって、特別なことではない。

 数年前には腰を骨折しながらプレーし続けたこともある。「毎年、1度は『これはヤバい!』というケガはあるから」。15年は4月にも右ワキ腹を負傷しているが、1イニングも休養を取っていない。かつての鉄人・金本のように、その背中だけでチームを鼓舞できる希有な存在だ。さらに今季は例年に増して、積極的に後輩へアドバイスを送っている。タイミングを見つけて、二塁手・上本博紀にハンドリングや足さばきについて助言。打撃不振に苦しむ大和に具体的な金言を授けたこともある。

「オマエは足というより、手でタイミングを取るタイプだと思う。バットを構えるとき、手を止めない方がいいんじゃないかな?」。その後、大和はゆらゆらとバットを揺らし、タイミングを取るフォームに戻して状態を上げていった。

 もちろん、2人だけではない。あらゆる後輩たちにさりげなく技術、理論、メンタルを惜しみなく伝える姿が目立つ。その一挙手一投足に、10年ぶりのV奪回に懸ける思いがにじみ出る。

「そもそも自分たちはクライマックス・シリーズに出られたらいいなんて、思っていないから」

 前半戦終了直後、言い切った。当時、セ・リーグは混戦の極みにあった。首位・DeNAから最下位・中日まで4ゲーム差。阪神は頂点から0.5ゲーム差の3位に位置していた。史上希に見る“だんごレース”。目まぐるしく順位が変動する状況の中、あらためて強い決意を表明した。

「優勝することしか考えていないもん。やっぱり優勝して日本シリーズに出たいから。去年は2位からCSを突破して日本シリーズに出たけど、優勝できなかった悔しさは強くあったしね。CSしか経験していない選手も多いけど、福留(孝介)さんもそうだけどベテランの選手たちは、今年でいえば143試合を戦い抜いて一番上にいることがどれだけ重たい、価値があることなのか分かっている。だから、そこだけを目指す」

 前回リーグ制覇した05年は全146試合を戦い抜いた。「先輩たちに“させてもらった”優勝」と振り返るが、今や美酒の味を知る数少ないプレーヤーの1人。想像を絶する重圧にさらされる勝負どころでこそ、鳥谷の存在価値が一気に高まる。

 グラウンドに立つだけでチームを落ち着かせることができる。窮地に立たされたとき、その背中で、そのひと言で雰囲気をガラリと変える。真のリーダーとして、時には熱く、時には冷静に、今まで以上にナインを引っ張る時期に来た。

「阪神で優勝したい。後輩に優勝を味わわせてあげたい」

 14年シーズン終了後のオフ、メジャー挑戦も視野に海外FA権を行使し、最後は並々ならぬ決意を胸に残留した。開幕直前の3月下旬には、西宮市内の焼き肉店で選手決起集会に出席。「裏方さんのためにも優勝しましょう。優勝旅行に行きましょう」と声を張り上げた。

 通算四球数で球団トップ記録に躍り出るなど、虎の歴史に日々名を刻み続ける15年。負傷の影響もあり、8月下旬の時点で打率は2割7分前後、遊撃守備でも2ケタ失策と納得できない数字が並ぶ。それでも、リーダーは虎の支柱として1試合も欠かせない存在だ。生え抜き12年目の34歳。悲願を成就させるため、身を粉にする覚悟はとうの昔に決めてある。
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