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第8回 熊崎勝彦新コミッショナーが誕生――望まれるより強固なガバナンスの確立

 

特捜検察のエース「落としの熊崎」


 プロ野球の12球団による臨時オーナー会議(宮内義彦議長=オリックス)が昨年12月26日、東京都港区のホテルで開かれ、第13代コミッショナーとして元東京地検特捜部長で弁護士の熊崎勝彦氏(71)の就任を全会一致で承認した。任期は1月1日から2年間。一般社団法人日本野球機構(NPB)の会長職も兼任する。

 熊崎新コミッショナーは、記者会見の席で「オーナーや関係者の皆さま、広くはファンの方々のご理解とご協力を賜りながら、日本球界をより強く活力あるものにしたい」とあいさつ。「組織はガバナンス(統治)がないと機能しない。この当たり前のことを、これから構築していく」と、抱負を述べた。

 岐阜県出身の熊崎氏は、明治大学法学部を卒業後、1972年に検事として任官。東京地検特捜部時代に金丸信自民党副総裁の脱税事件、大蔵省接待汚職事件などを担当し、特捜検察のエースとして「落としの熊崎」の勇名をはせた。最高検察庁検事、同公安部長などを歴任し、2004年の退官後は弁護士として活動。法律問題のコメンテーターとしては、歯に衣着せぬ論客ぶりも発揮した。05年からNPBでコンプライアンス(法令順守)担当のコミッショナー顧問に就任。主にプロ野球の暴力団排除などに取り組んだ。

 強面(こわもて)の外見とは対照的に、人柄はとても気さくだ。偉ぶらない態度が歴代コミッショナーと一線を画している。

 時代劇好きが高じて、新春特番に侍役としてテレビ出演を果たしたこともある。「仕事でも何でも、まずは人と人とのつながりが大事。今後は球界関係者をはじめ、できる限りの人と話をしたいと思っている」と、意思疎通の大切さを強調。加藤前コミッショナーが統一球に直筆サインを載せていたことについて「いいことだと思う」としながらも、「私の性には合わない」と苦笑いした。

 コミッショナー職を受けるかどうか、熊崎氏はかなり悩んだという。「統一球問題などで露見したように、課題は山積している。抜本的な組織の改革に取り掛からなければならないし、妻からも反対されて迷いに迷った。でも、長く顧問として球界にかかわってきた縁もある。特捜時代は『進むも地獄、退くも地獄』という中で働いてきた。運命として受け止め、最後のご奉公をしようと決心した」と意気込みを語った。

強調した球界の“裁定者”の立場


 宮内議長は、コミッショナー誕生について「(統一球問題を調査検証した)第三者委員会が指摘した組織の二重構造など、NPBには可及に手を付けなければならない問題がある。顧問としてこれまでの事情をよく知っている熊崎さんが最適だということになった」と説明している。

 だが、統一球問題で昨年10月末に加藤良三前コミッショナーが引責辞任してから、後任選びは難航した。セ・リーグは早くから熊崎氏の推薦でまとまったが、パ・リーグは「ビジネスセンスに長けた人物」を後任として主張。一部球団がロッテなどでスポーツマーケティングに携わってきたNPB侍ジャパン事業戦略担当者らを候補者として立てるなど、意見はなかなか折り合わなかった。年明けからオーナー会議議長となった春田真オーナー(DeNA)が代行を引き継ぐことも決まっていたが、宮内議長は「球界トップの不在という状況は良くない」と年内解決を決心。調整役として12球団に働きかけ、パの一部球団が難色を示す中、会議2日前の25日に熊崎氏擁立にこぎつけた。

 熊崎新体制のオーナー会議での全会一致の承認は、12球団の意見を取り入れた“折衷案”でもある。「感ずることがある。この場を借りて、ひとこと申し上げたい――」

 突然切り出した熊崎氏は、コミッショナーの権限と責任の明確化について言及した。「求められる役割が肥大化し増大している。野球協約の下、コミッショナーにはさまざまな課題に対して指令、裁決、裁定するという重要な職務がある」と、自らの職務内容に言及。むやみにビジネスには踏み込まず、球界の“裁定者”の立場であることを明確に示した。

新しくコミッショナーに就任した熊崎勝彦氏。NPBの組織改革を断行することができるか[写真=内田孝治]



 熊崎氏は一方で、NPBが14年度の「プロ野球80周年」イベントの目玉として位置付けている“侍ジャパンプロジェクト”をはじめとしたリーグビジネスの重要さも認めている。「世の中が多様化、グローバル化している中、プロ野球はいまひとつ規模が伸びていない。侍事業を充実させるなど、いかに事業を拡充させ、球界を繁栄させていくかが課題。市場的な力は、まだまだこれからという段階。機構を含めて組織体制の強化を図りたい」と、所信を表明した。

不協和音のないサポートをする義務


 熊崎氏はリーグビジネスを動かす権限を、新設する別ポストに完全委任する考えを持っている。その一つの案が、パの一部球団が要求していた専務理事の設置だ。専任理事やその人選については今回のオーナー会議の議題に上がらなかったが、熊崎氏を全会一致で承認するための“交換条件”として検討することが決まっている。新コミッショナーは「常勤で経理、財政を担う方が必要。組織強化やビジネス面は、すべてが連動している。そういう観点から12球団や関係者の協力を得ながら、スピード感を持って進めていきたい」と、役割分担による組織改革の断行を宣言した。

 法曹界出身で紛争裁定者の第一人者である熊崎氏がコミッショナーとしての職務に専従し、ビジネス畑のプロである専務理事が経営の舵取りをする方針は、合理的かつ効率的と言える。妥協から生まれた体制ではあるが、新時代へのアプローチは決して間違ってはいない。

 2年前の東日本大震災を受けての開幕日程問題や、日本プロ野球選手会(楽天嶋基宏会長=当時)によるワールド・ベースボール・クラシック不参加問題などで、コミッショナーのリーダーシップ不足や存在意義は、なぜか経営能力を絡めて論じられることとなった。だが、今後は選手会や一部球団も、ごちゃ混ぜにして都合良く責めることはできなくなった。

 特に、専任理事の新設を訴え続けたパにとっては、NPBのリーグビジネスを見守る役目と、発展させるためのリーダーシップが望まれる。機構改革に乗り出す熊崎新コミッショナーは、より強固なガバナンスを確立させなければならない。それと同時に、全会一致でリーダーを選んだ12球団には、不協和音のない全面的なサポート体制をする義務が生じたのは確かだ。
日本球界の未来を考える

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週刊ベースボール編集部による日本球界への提言コラム。

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