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第89回 大人たちの責任――将来の道を閉ざす行為にブレーキをかけさせることも指導者の義務

 

 今年も暑い夏がやってきた。全国で35度を超える猛暑日で、体調を崩して救急搬送される人が続出。地球温暖化の影響もあるのか、酷暑は年々エスカレートしている。この異常気象は、野球界も無関係ではなくなった。

 7月21日、東京の神宮球場で高校野球を観戦していた複数の観客が熱中症の症状を訴え、その中の一人が搬送先の病院で一時心肺停止状態に陥る深刻な事態が起きた。猛烈な日差しが襲う中、屋外での野球観戦はまさに命がけ。より厳しいコンディションとなるグラウンドでプレーする選手は、なおさらのことだろう。

 第97回全国高等学校野球選手権大会が8月6日から同20日まで、今年も甲子園球場で開催される。高校球児が繰り広げる熱戦は、好例の夏の風物詩。だが、1年間で最も暑い時期の炎天下での大会は、年々過酷さを増している。“取り返しのつかない事態”を招かないためにも、経験則にとらわれない科学的な対応が必要となる。球児を取り巻く大人たちが、細心の注意を払ってもらいたい。

 高校球児の健康管理に関しては、タイブレーク制が春季大会などで一部導入されるなど、考え方が変わりつつあるのは確か。最も話題に上がるのが投手の球数制限だが、現状では実現性は低い。それは、指導者を中心とする関係者の「導入反対」とする考えが根強いからだ。

今年の夏の熱戦が始まったが、周囲が球児の未来を真剣に考えなければいけない[写真=BBM]



 日本高校野球連盟(高野連)は昨夏、全国加盟校を対象に「球数制限」「投球回数制限」「タイブレーク制」などの選択項目を設けた選手の健康管理方法についてアンケートを実施。硬式での加盟校の98パーセントにあたる3951校が回答したが、「球数制限をした方がいい」と答えたのは12.0パーセントだけ。「タイブレーク(49.7パーセント)」、現状維持を含む「その他(27.6パーセント)」と比べ、不支持が鮮明となった。

 球数制限に否定的な理由として、「投手層の薄い学校がますます不利になる」という意見が多い。甲子園常連校のある指導者は、「彼らには『今を大切にしたい』という気持ちが強い。『投げたい』というのなら、本人の意思を尊重させてやりたい」と力説。自身の限界に挑戦させることも、教育としての一つの考え方かもしれない。だが、まだ未成熟な球児が、その場の雰囲気に流されることなく、指導者に「投げたくない」と自分から申し入れるとは考えにくい。

 高校球界にはびこる勝利至上主義が気になる。将来の道を閉ざす行き過ぎた行為にブレーキをかけさせることも、指導者としての義務だろう。

 松坂大輔ダルビッシュ有田中将大ら高校野球で活躍した多くの一流投手が、メジャー・リーグ移籍後、ヒジなどの故障に見舞われている。因果関係ははっきりとはしないが、当事者だったダルビッシュらが球数制限の導入を訴え出したことに注目したい。PL学園のエースとして、1年生の1983年夏から3年生の85年夏まで5大会連続の出場を果たした桑田真澄氏は、現在の状況に「危険」と警鐘を鳴らしている。「故障しないための予防が大事で、球数制限しかない。道具も戦術も技術も進化している中、指導方法だけが進化していない」。根性論、精神論が優先されるようでは、野球界に未来はない。高野連をはじめとした大人たちは、現場の経験者たちの声にも耳を傾け、じっくりと検証する責任がある。
日本球界の未来を考える

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週刊ベースボール編集部による日本球界への提言コラム。

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