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第90回 教育の一環として――未来のある子どもたちの選択肢を広げることがその義務だ

 

 高校野球ファンにとって、夏の甲子園はとりわけ「特別な大会」だという。死力を尽くして勝ち上がってきた球児たちが、炎天下でボロボロになりながら、深紅の優勝旗を目指す。そのひたむきさを楽しみに、今年もまたファンの熱い夏が始まる。極限状態での汗と涙、はかなさと切なさが凝縮されたドラマは、まさに日本人好みなのだろう。

 全国から勝ち上がってきた球児たちの「聖地」での一心不乱のプレーは、純粋そのものだ。「夏がすべて」であることを胸に、球児たちは過酷な状況に飛び込むのも厭わない。一種独特のムードの中、夏の主役としてスーパーマン的奮闘を期待される。メディアの過熱もあり、自分たちは「特別な存在」であると、ひしひしと感じることだろう。

 勝利という目標にチーム一丸で立ち向かう経験は、子どもたちの未来の貴重な糧になるのは間違いない。選手ばかりではなく、同じ年代の子どもたちの生き方にも、大きく影響を与えるはずだ。ここが日本高校野球連盟(高野連)の標榜する「教育の一環」なのだろう。ただ、球児たちが夏に燃え尽きてしまっているとすれば、残念だ。甲子園だけを目指し、幾多の試練を乗り越えてきた子どもたちの努力には、最大限の敬意が払われるべきだ。だが、「それしかない」という固定観念や、勝利至上主義がまかり通る現実はおかしい。

甲子園で熱戦が続いているが、子どもたちの未来を第一に考えなければいけない[写真=BBM]



 高校野球はもはや、教育の枠組みだけには収まり切れなくなっている。優勝を狙える強豪校は勝てる指導者を求め、強いチームを作り上げることだけを目指す。運営に携わる関係者は伝統にこだわるあまり、健康問題など二の次で、主役である子どもたちの未来が重視されているとは思えない。

 お仕着せの価値観に左右されずに自身で考え、いかに社会に適合できるか。多感な10代のころの経験が、後の人生に与える影響は大きい。日本野球機構(NPB)は毎年、プロ野球12球団の若手選手を対象にセカンドキャリアについてのアンケートをとっている。今年も1月に実施したが、約7割の者が「引退後に不安がある」と回答。引退後の希望進路は高校野球の指導者をはじめ、過半数が「野球関係の職業」を希望している。NPBでは「いろんなことに挑戦してほしい」と勧めている。野球に身も心も捧げ、その“呪縛”から解き放たれていない者もいる。

 アメリカの高校生は、本分である学業とともに、野球、バスケットボール、アメリカンフットボールなどさまざまなスポーツを経験させられる。それは、メジャー・リーグにドラフトされるような選手だとしても、変わりはない。高校は「将来のための教育を行う場」であり、未来のある子どもたちの選択肢を広げることが義務と考えているからだ。

「取材させてやっている」――。プロ野球で一部メディアに不遜な態度を取る選手や球団関係者が、今も少なからず存在する。ご都合主義の報道をしてきた相手への意趣返しかもしれないが、礼節を欠き、自分の思いを丁寧に説明できないと、必ず自身にはね返ってくる。だからこそ、高校時代の教育は大切だ。

 すべての人たちに気を配っていたかつてのONのように、社会人としての人格も磨かなければ、待望のスーパースターは生まれない。選手、関係者、そしてメディアも、人気スポーツである野球に携わる者は、謙虚さを忘れてはいけないということなのだろう。野球は決して、特別なスポーツではない。
日本球界の未来を考える

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週刊ベースボール編集部による日本球界への提言コラム。

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