全国的には無名の捕手。しかし、春に放った本塁打でプロ行きの可能性を一気に広げた。幼なじみが大舞台で躍動する姿に複雑な思いを抱きながらも、刺激に変えて自身の進路に光を見出している。 取材・文=山内浩太、写真=BBM 一発で球場全体を魅了
ポジション転向が転機に
今春の千葉大会2回戦(ゼットエーボールパーク)、千葉英和高は千葉黎明高と対戦した。相手チームに注目の2年生右腕がいたことで、球場にはスピードガンを持ったスカウトが駆けつけていた。しかし、千葉英和の主砲の一打が、球場にいるすべての人の目を奪い、主役となる。
4回、前の打席をストレートに詰まって飛球に打ち取られていた
網谷圭将は、打席でそのストレートに狙いを定めていた。カウント2-1、果たして狙いどおりの甘めのストレートが来ると、「イチ、ニ、サンで気持ちよく振り抜けました」という当たりはきれいな弧を描き、グングンと距離を出す。その着地点は場外へと伸び、伊藤修次監督は「140メートルは飛んでいたでしょうね。最初はファウルかと思いましたが、本当によく飛びました」と、振り返る。
この1本は、前年秋から打撃不振に悩み、仁井田意コーチの助言を受けながら試行錯誤の末に生まれた。「プロゴルファーのドライバーのように、股関節をギュッと締めることで力をため、インパクトでそれを解放させる」(網谷)スイングが実現できた。同時に、「千葉にとんでもない右バッターがいる」と、その評価をうなぎ上りにさせた。智弁学園高時代の
岡本和真(現
巨人)を見ていたあるスカウトは「同等か、それ以上の長打力」と評したという。
1年春に早くもベンチ入りを果たし、夏には背番号3で主軸。新チーム結成以降、四番が定位置となる。しかし、指揮官は長打力よりも肩の強さに将来性を見出し、捕手に転向させる。
「最初、フットワークはイマイチでしたが、投げてからのボールの質はえげつない。『矢のような送球』という表現がぴったり」と、伊藤監督。網谷本人もその送球、捕球を苦にすることなく順応していった。しかし、コンバートはそう簡単にはいかなった。味方投手の良さを存分に引き出す手段、野手を動かす判断力、対打者の駆け引き。捕手としての経験値の乏しさを実感した。
「マスクをかぶって、ボールが動いていないときにこのポジションの難しさを感じました。いろいろ気を配ることがあるんですよね」
ただ、これも2年秋、主将に就任したことで変化が生まれる。小学2年から始めた野球の経歴で「一番つらかった」という3年夏までの1年間は、網谷を人として、捕手として大きく成長させた。3学年90名近い部員を束ね、ときには雑巾の枚数、洗濯バサミの個数のチェックにも気を配らねばならなかった。
「グラウンドの中だけでなく、むしろそれ以外のことの確認や指示に頭が回っていましたね。毎日、監督にチームのことを報告に行くのが僕の役目で、それが憂鬱で・・・
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