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なぜ、田中投手が今季中に復帰登板をするのか?


故障復帰後の投球に注目が集まる田中投手(写真=AP)



 7月に右肘を痛めて故障者リスト入りしているニューヨーク・ヤンキースの田中投手だが、9月21日(日本時間22日)に本拠地のヤンキースタジアムで行われるトロント・ブルージェイス戦でメジャー復帰登板を果たし、5回1/3を投げて5安打1失点。チームは5-2で勝利し、13勝目を挙げました。この復帰登板で右肘に問題が無ければ、9月27日(日本時間28日)のレッドソックスとの最終戦にも投げるそうです。

 田中投手がメジャーリーグで投げるのは、7月8日のクリーブランド・インディアンス戦以来、約2か月半ぶりの事です。日本のメジャーリーグファンの方々の中には今シーズン投げさせなくても良いのではないか? と思っている方も多いのではないのでしょうか。

 今回の復帰登板にあたりまずジラルディ監督は、先発起用で球数のめどを70球から75球と示しました。

 ボルティモア・オリオールズがアメリカン・リーグ東地区の優勝を決め、ニューヨーク・ヤンキースがポストシーズンに進出するにはワイルドカード争いを勝ち抜くしかありません。チーム状況がこの悪い中で、田中投手はなぜ今シーズン中に復帰する事になったのでしょうか? もちろん、考えられる理由として、今シーズンで引退をするデレク・ジーター選手の花道をつくる為、最後までプレーオフ進出を諦めていないとの意思表示とも受け取れます。

 あくまでも、私個人の意見ですが、田中投手の右肘の状態を今季中に確認したいのが大きな理由の一つだろうと思いました。

 テキサス・レンジャースのダルビッシュ投手はレンジャースが地区最下位というチーム事情もあり、故障後直ぐに残りのシーズンは休ませると球団が正式発表をしました。これには私も賛成です。

 田中投手は7月に右肘の故障がみつかり、専門医(チームドクター)の診断で即手術ではなく今回はPRP療法という治療方法を選択しました。

 このPRP療法、野球以外のスポーツでPRP療法を行い、復帰をした有名な選手ではゴルフのタイガー・ウッズ選手や米プロバスケットボール・レーカーズのコービー・ブライアント選手が膝の故障から復帰して関心を集めました。

 また、あまり知られていませんが日本人メジャーリーガーとして活躍をした楽天の斉藤隆投手も2008年(当時ドジャース)、右肘靱帯を部分断裂した際に手術を回避し、このPRP療法を受け、44歳の現在も楽天で現役生活を続けています。

 この治療方法の選択が間違っていたとは思いませんが、ヤンキースとしては次のステップ(手術が必要か?必要ではないか?)に進むための最終チェックという意味の割合が多く占めているのだと思います。また、復帰登板後の右肘の状態次第では、2015年のチーム編成にも影響を与えかねないのです。ヤンキースは田中投手を獲得するにあたり多額の投資をしているので、これ以上、ギャンブルは出来ないはずです。

 このPRP療法を行い改善されずに、最終的にトミージョン手術を行った投手の前例もある事はヤンキースも分かっているはずです。マット・ハービー(ニューヨーク・メッツ)、ネフタリ・フェリス(テキサス・レンジャース)のような最悪のケースも覚悟をした上でヤンキースは、手術ではなく、今回の治療に踏み切ったのだと思います。

 アメリカの報道ではヤンキースは中6日でローテーションを試みるのでは? とありますがこれは現実的には厳しいと思います。メジャーリーグでのベンチ入りは25人(日本では28人)と少ない為、どうしても投手の数は限られてしまうのです。 以前のコラムでも書かせて頂きましたが、本気でこの「トミージョン手術」について考えるのであれば、ベンチ入りの人数についても議論をするべきだと思います。

肩や肘は消耗するものという事実


 田中投手と引き分け再試合を投げ合った早実の斎藤佑樹投手(北海道日本ハムファイターズ)も、肩の痛みを訴えて戦列を離れていると聞きました。

 こうした故障が全てが全て甲子園での投球数が直接的な原因で起こっているわけではないと思いますが、アメリカではっきりしている事は、肩や肘は消耗するものであり、田中投手ほどの体が丈夫な選手でも経年の疲労によって肘を痛めてしまうという現実です。

 一人で投げ切る甲子園のエースに、賞賛が集まる日本的文化、高校野球の価値観のようなものに、もしかすると問題があるのかもしれません。こうした年齢の若い時にこそ、現実に向き合って、しっかりと生理学的な知識を身に付ける必要があるのではないでしょうか。

 高校野球では今後、「タイブレーク方式」の導入に対して、どんな決断が下されるか注目をしていますが、メジャー投手史上5番目の大型契約を結んだ事で、その周囲の期待の大きさを理解し今シーズン、マウンドに上がり続けてきた田中投手が故障しただけに、この問題(投手の投げ過ぎ)を精神論だけで考えるのは、もう時代遅れとも言えるのかもしれません。

 今や日本の至宝とも言える田中将大投手の故障を、後進の育成にどう生かすか? これは日本の野球界に突き付けられた大きな課題だとも言えるのではないでしょうか。

 復帰登板後の田中投手の右肘の状態と、その後の球団の対応に注目をしたいと思います。
著者PROFILE
1950年代生まれ。現役を引退後、MLBスカウトに転身。メンタル・フィジカルのバランスの良い選手が好み。全米だけではなく日本球界にも太いパイプを築き、スカウティング活動に余念がない。
現役MLBスカウト「メジャーリーグレポート」

現役MLBスカウト「メジャーリーグレポート」

現役MLBスカウトによる連載コラム。スカウトならでは視点で日米の選手をジャッジするほかMLBについても語る。

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