非の打ち所のない選手を目指して社会人の強豪チームへ
大学3年の時には既にプロ一本に絞っていた。指名漏れした時のことなど、一切考えなかった。まさに「退路を断って」臨んだプロ野球ドラフト会議。しかし、とうとう彼の名は呼ばれなかった――。
谷田成吾。現役ではリーグ通算最多本塁打数15本を誇る左のスラッガーはその日、2016年のプロへの道を閉ざされた。
「切り替えは早いほうではない」と言う谷田だが、ドラフトで出た結果は、意外にもすんなりと受け入れることができたという。
「もちろん、ショックはショックでしたよ。でも、誰が悪いわけでもなく、自分の実力が足りなかっただけのことですから、仕方ないなと。それよりも、自分はもっとできると思いましたし、やるべきことは山ほどある。だったら、もう次にいくしかないなと思ったんです」
ドラフト翌日から彼の下に届いた社会人からのオファーは、20社近くにものぼった。その中から彼が選んだのは、高校、大学の先輩が活躍している姿をずっと見てきたJX-ENEOS。2012、13年には連覇を達成するなど、都市対抗で11度の優勝を誇る社会人きっての強豪である。
現在は走り込みなどの基礎トレーニングが主な練習メニューだが、早速、大学との違いを感じている。
「社会人では一発勝負のトーナメントになる。だから、大学の時以上に、いざという時に力を発揮しなければならない。そのため練習でも、例えばランニング中、一番厳しい時間帯に先輩から『ここが一番ヤマ場だぞ。試合だったら○回○アウトの場面だから、ここを頑張って乗り越えよう!』という声がかかったりするんです。大事な時に力を発揮するには、普段の練習から意識することが重要なんだなということを感じています」
さて、谷田と言えば、“
高橋由伸二世"と呼ばれ、“ボールを遠くへ飛ばす"天性の力の持ち主だ。大学4年間で放った15本のホームランのうち、谷田が一番印象に残っているのは、3年春に内田聖人(早稲田大)から放った6号だ。この試合、勝てば6季ぶり34度目の優勝が決まるという大一番、同点で迎えた6回裏に、谷田の一発で慶応大が勝ち越し、結局それが決勝点となったのだ。
「2死ランナー無しで、一番ホームランが欲しい場面でした。ホームランを狙っていたというよりも、芯に当たれば入ると思っていたので、そのことだけを考えて打席に入りました。4番として一番いいところで打てたんじゃないかなと思います」
また、理想通りのバッティングで会心の一打となったのが、3年の春、
澤田圭佑(立教大)からの5号だった。
「あの時はインコースへの真っすぐが来ると張っていて、予想が的中したんです。とはいえ、予想通りのボールが来たからといって、理想通りに打てるものではありません。でも、あの時は、最高の角度でバットがボールに入り、真芯でとらえた完璧な1本でした」
バッティングのことが話題となることが多い谷田だが、自分自身を限定したくはないという。もちろん、一番の強みはバッティングであることは言を俟たない。本人もそう考えている。しかし、目指しているのは「非の打ち所のない選手」だ。
そのためには、バッティングに磨きをかけるだけでなく、守備範囲の広さや送球のコントロール、走塁の技術など、走攻守すべてにおいてレベルアップを図らなければならないと考えている。大学4年間で1個にとどまった盗塁に関しても、社会人では積極的に狙っていきたいという。
「それこそ社会人では負けたら終わりですから、1点の重みが増してくる。それだけに、ひとつでも前のベースに行くか行かないかで、勝負がつくことも少なくないはず。自分も隙を突いた走塁をしていかなければいけないと思っています」
もともと50メートル6秒2と、決して遅くはない。磨けば、走塁でも力を発揮するに違いない。自らの武器を増やすことで、大学時代とはひと味違った選手へと成長することができれば、谷田にとって社会人行きがプラスの効果をもたらすことになる。
谷田は言う。
「もちろん、ストレートにプロに行ければそれに越したことはないと思います。でも、社会人に行ったからこそ、プロでは経験できないことが絶対にあるはず。それを力にするかどうかは自分次第ですから、2年間、とにかく頑張るだけです」
果たして谷田は、どんなプレーヤーとなって、再びドラフト会議を迎えるのか。2年後が楽しみだ。
取材・文=斎藤寿子 写真=遠藤武