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野球場特集・魅惑のボールパーク

球場特集特別コラム『いつでも、そこに――。』

 

文・長谷川晶一[ノンフィクション作家]


少年の日の高揚感は今でも……


 はやる気持ちに、自分の足がうまく追いつかない。前につんのめりながら、何度も転びそうになりながら、息せき切って階段を駆け上がり、踊り場まで来ると一気に視界が開ける。大きな月が浮かぶ夏の夜空に映える鮮やかなグリーンと、巨大な照明塔のカクテル光線。そして興奮のために上気した表情の大観衆……。

 一瞬、目がくらむ。暗いところから明るい場所に出たせいなのか?それとも、「これから野球が始まる」という内なる興奮のためなのか?ダイヤモンドを見渡すと、目の前には白地に赤いストライプの入ったユニフォームを着て躍動する選手たちの姿が目に飛び込んでくる。

(あぁ、野球場だ……)

 その瞬間から、僕はしばらくの間、夢見心地のときを過ごすのだ。三十数年前に初めて神宮球場を訪れたときの興奮を今でも忘れることができない。少年のころに覚えた、何とも言えない高揚感は四十代となった今も変わらず、僕の胸に息づいている。

 あのころはコーラ片手の応援だったけれど、今はビールを呑みながらの観戦となった。目の前で躍動していた背番号1は、「小さな大打者」若松勉から池山隆寛になり、岩村明憲から青木宣親を経て、今ではトリプルスリー・山田哲人に変わった。でも、変わったのはただそれだけだ。時代は変われど、選手は変われど、目の前には今も美しい夜空があり、まぶしい光と鮮やかな緑の中で一流のプロフェッショナルたちが鍛え抜かれた技を披露している。

 そこに野球がある喜び。目の前で一流の技を堪能できる喜び。

 それが、すべての野球ファンにとっての球場に対する原体験であり、原風景なのだと思う。僕にとって、神宮球場までの道のりは、人生の機微を学ぶための「通学路」だった。

人生に寄り添うスタジアム


 子どものころから大のヤクルトファンだった。人生においてもっとも足を運んだ野球場は、間違いなく神宮球場だ。どこで道を間違えたのか、大人になって12球団すべてのファンクラブに入会し、12球団ファンクラブ評論家と名乗り始めた。初めはシャレで始めたものだったけれど、気がつけば12年が経過。今では、全国の本拠地球場に何度も何度も足を運ぶようになった。

 それでもやっぱり、神宮球場は僕にとって特別なスタジアムだ。地下鉄銀座線・外苑前駅、JR総武線・千駄ヶ谷駅、あるいは信濃町駅。どのルートを選ぶにしても、自分なりの「通学路」を通って、いつものように神宮に駆けつける。気がつけば、そんな生活を三十年以上も続けてきた。

 一体、僕は今までここで何試合を見てきたのだろう?子どものころから始まり、思春期真っただ中のころ、初めてのデート、浪人時代、大学時代、就活中にスーツ姿で来たこともある。社会人になってからは、仕事を抜け出して何度も来たし、会社を辞めようか悩んでいたときもあった。独立してからは原稿が行き詰まると、気がつけばスタンドに座っている。

 一人の男の人生に寄り添うようにして、いつでもそこにスタジアムはある。それがとても心地いい。

筆者プロフィール
はせがわ・しょういち●1970年5月13日、東京生まれ。ノンフィクション作家で、12球団ファンクラブ評論家。女子野球評論家としても、本誌『女子野球ジャーナル』でおなじみ。近著に『このパ・リーグ球団の「野球以外」がすごい!』(集英社)、『ギャルと「僕ら」の20年史――女子高生雑誌Cawaii!の誕生と終焉』(亜紀書房)などがある。
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