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2016日本シリーズ特集

『あの2球目に戻れんかな』…元近鉄・佐々木恭介が語る1979年日本シリーズ、“江夏の21球”

 

4勝で勝負が決まる日本シリーズ。短期決戦ゆえに、単純に力対力ではない。運もあり、時に心理戦の様相ともなる。ここでは3人の男たちに当事者として、伝説の名勝負の裏側を語ってもらった。まずは、あの“江夏の21球“。敗れた近鉄の佐々木恭介氏からだ。
取材・構成=井口英規、写真=BBM


全部振る覚悟がなぜか見送ろうと


 あの年、腰痛と日本シリーズの直前に足の肉離れがあって、走れなかったんですよ。代打で2回出て、最初が江夏豊さんで1球目デッドボール、次が山根和夫で投手ゴロ。まったく役に立ってない。

 先に王手はされましたが、第6戦で並んで、第7戦もスタメンじゃなかったんで、どこが出番かと、ずっとイメージしてた。1点リードされて9回裏になって、最初に先頭の羽田耕一(六番)が1球目をセンター前にカンと打った。その後、アーノルド平野光泰で次が投手の山口哲治だから、そこやなと。

 羽田の代走に藤瀬史朗が出たんですが、2つサインミスがあったんですよ。アーノルドがヒットエンドランのサインを見落として藤瀬の単独盗塁の形になったんですが、アウトのタイミングなのに捕手の水沼四郎さんがあせってショートバウンドになって高橋慶彦が捕れず、三塁へ。その後、アーノルドが歩いて一、三塁。その代走が吹石徳一だったけど、次の平野の打席で、吹石がサインを見落として走った。それで二、三塁。一、三塁なら平野勝負だったと思いますが、敬遠で無死満塁となり、僕が代打です。

 僕はゲッツーのある場面はイヤやなと思っていたんですよ。走れんからどんなゴロでもダブルプレーを取られる。ただ、ここはもう腹をくくって、少々のボール球も打っていかなあかんと覚悟を決めた。引っ張るとゴロになりやすいんで、センター方向を意識しながら最低でも外野フライやと思ってました。内からスライス回転をかけるようにフライを打とうと、それだけを考えてました。

 1球目はカーブで内角に外れるボール。試合前のミーティングで、「江夏はストレートの威力が戻ってきた。カウントは変化球で整えるけど、最後はストレートや」という話があった。そのとおりやな、と思ってました。ただね、ここで魔が差した、いうんですかね。多少のボール球でも狙っていくぞと思ってたのが、なぜか1球見ようという思いが芽生えたんですよ・・・

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