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清原和博、栄光と転落
運命の1985年ドラフトの涙

 

覚醒剤所持(のち使用)で逮捕された清原和博容疑者。現役時代は力強く、勝負強いバッティングで一世を風靡し、ファンだけでなく、選手たちの中でもカリスマ的人気があった。前回から始まったこの連載では、便乗的な批判や美化ではなく、清原和博というプレーヤーの足跡を検証しつつ、彼を知る関係者の証言、提言も交えて特集していく。今回は清原入団時の西武のチームリーダー、石毛宏典氏へのインタビュー、そして運命のドラフトから西武1年目を振り返ってみたい。

 西武での1年目のシーズンが終わった後の本誌のインタビューで、対談相手の川上哲治氏(元巨人)と司会役の鳥居守幸氏(当時毎日新聞論説委員)にドラフト会議について聞かれ、最初は「どうもよく分かんないス」と惚けていたが、その後で「やっぱりあのときのショックは一生ついて回ると思います。ドラフト自体は仕方がないと思いますけど、まあ、いろいろ桑田(真澄)との関係もありますし……」と答えた。

 近年、自著などで当時の心境を赤裸々に語っているが、やはり、あのドラフトが、清原和博にとって大きなトラウマになったことは間違いない。もともと巨人ファン、というより当時の監督・王貞治ファン。王監督のチームでホームランを打ちまくり、最終的には王の持つ通算868本塁打の世界記録を抜く、というのが夢だった。

 1985年11月20日、PL学園高のエース・桑田、四番・清原が主役となった「KKドラフト」の真実は、いまもすべてが明らかになったわけではない。ただ、巨人が清原の1位獲得を約束しながら、王監督の「投手が欲しい」という意思から直前で翻意し、桑田を強行指名したという当時の“オフィシャルな”見方は、おそらく正しくはない・・・

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