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キセキの魔球

【キセキの魔球01】41歳元大リーガー大家友和、ナックルボールで甦れ。

 

2017年6月19日。大家友和は現役引退を発表した。日米を股にかけて活躍した右腕だが、もしナックルボールと出合っていなければ41歳まで野球を続けることはなかっただろう。どこまでも野球と愚直に向き合った大家とキセキの魔球を巡る物語──。

必要なのは“Zen Mind(禅のこころ)”


メジャーでは通算10年で51勝をマークした大家


 ナックルボールは、まさに“キセキの魔球”だ。

 それまで普通に投げ込んでいた球、つまりコンベンショナル・ピッチングの道を絶たれ、絶望の淵に立たされたとき、現役続行の最後の切り札として夢と希望をチラつかせ、微笑みかける罪深き球である。暴力的、かつ予兆不可能なその軌道と同じように、ナックルボールはどこかつかみどころがなく、それでいていつの間にか人を虜にするのだし、本気で向き合おうとすれば孤独と苦悩の闇に突き落とされる。

 そうなればまさにナックルの思うツボ。

「そう、なにかこう、生き物のような……」

 現役最後の5年間、ナックルボールの進化にすべてをかけた大家友和もそう証言している。

 北米の野球界でナックルの達人と呼ばれた人の中には、ナックルボーラーに必要なのは“Zen Mind(禅のこころ)”だと言う人がいた。ボールを握り始めたときから、体に染み込んだバックスピンの感覚を封印して、無回転のボールと向き合うのだ。豪速球でうならせていたころの昔の自分に戻りたいという煩悩にまみれるのもごく自然なことだ。その迷いを消すには一日千回ボールに触れるしかない。

 煩悩のあるうちはナックルボール自体が本物のナックルボールを投げさせてはくれない。もう過去を振り返らない自分になったとき初めて、それは“希望の球”になる。バックスピンで稼ぎ出したミリオンという年俸とはまた別の、それまで味わったことのないような野球選手としての成就と幸福感をこの無回転ボールはもたらせてくれる。現役選手としての引き際にあえてこの魔球を選び、真摯に向き合った者に、ナックルはその褒美として最高の散り方を用意してくれるだろう。

“並木雄二”と大家友和、ナックルボーラー背番号「44」


 実は、ナックルボーラーとして蘇った元大リーガー大家友和の登場を彷彿とさせるような選手がかつて日本球界に一人だけ“存在”した。

 彼の名前は並木雄二。東京セネタースで活躍した右腕である。今から30年ほど前に雑誌『ビッグコミック』で連載された柳沢きみおによる漫画『男の自画像』の主人公である。並木はヒジの故障が悪化して30歳で一度現役を引退した。7年間サラリーマン生活を送ったのち、36歳で現役復帰を夢見るが、かつてカミナリ・シュートと言われた決め球はもう投げられなかった。そこで彼はナックルボールに再起をかけ、テスト生を経て、古巣の東京セネタースに入団する。8年ぶりのプロ公式戦となったジャイアンツ戦で奇跡の完投勝利を遂げ、1年だけのカムバックを果たすという物語だ。

 実はこの並木雄二と大家友和には意外な関係がある。連載が始まったのは1986年。当時、大家は10歳の小学生で、ちょうどこのころ突然、野球を始めている。物語の中で並木は36歳でナックルボーラーとして復帰を目指すが、大家がナックルボーラーに転身したのも36歳。さらに並木は最初のセネタース時代、背番号「24」をつけていた。ナックルボーラーとして復帰後は「44」。なんと偶然にも大家友和が大リーグのモントリオール・エキスポズ時代につけていたのが「24」。そして12年ぶりに日本球界復帰となった横浜ベイスターズ時代と、さらにナックルボーラー転向後、独立リーグのBCリーグ福島ホープスで日本球界最後につけた背番号が「44」だったのである。

 そして二人の最大の共通点は、ナックルボールを見せ球でなく、決め球として投球の柱に置く“ピュア・ナックルボーラー”として、ナックルに生き残りのすべてを賭けたことだ。

ナックルは大家の生き様、自画像そのもの


『男の自画像』で、ナックルボールは中年男の夢と希望と嘆きの象徴として描かれているが、また同時にナックルボールの本質にもかなり迫っている。並木の目標として描かれているのは、当時まだ現役だったフィル・ニークロだ。生粋のナックルボーラーとして48歳まで現役を続け、大リーグで318勝を挙げて野球殿堂入りしたナックルボーラーの代名詞のような人である。

 漫画の連載はニークロが現役引退する前シーズンに始まった。開幕直前にニューヨーク・ヤンキースを放出され、クリーブランド・インディアンス移籍後、因縁のヤンキース戦で勝利を収めた記事など、タイムリーなニュースを折り込むことで、フィクションの世界に存在する並木雄二を現実の世界へ呼び込み、あるいはナックルボーラーのヒーローを生み出すアメリカ野球界の懐の深さへの称賛と、日本球界もそれに近づけという熱い思いが込められている。

 例えば並木とキャッチャー益山のやりとり。

益山「まだやってんだなニークロのやつ! 47歳かァ……
   バケモンだな、こりゃ!! パワーの大リーグで現役だなんて」

益山「雄二が日本のニークロになれないこともないな」

並木「そのつもりで社を辞めたんだ」

(投球練習後のバッテリーの会話)
益山「すげえナックルだったぞ!! ものすごい変化だった」

並木「うん、最高だった。」

益山「10割、いや8割がた今のナックルを投げられるようになれたらなァ……」

並木「指で覚えるしかないな」

(雄二の心の声)
どこかなんだ、
どこかの指のちょっとした力の入れ具合ですごいナックルボールになる。
そのコツが今イチつかめない。
 
 さらに打者の驚愕ぶりは、ボールの縫い目を刻みながら不気味な無回転で突進してくるナックルボールのアップ画とともに叫ばれる。

「な、なんだ!? このスローボールは!? 縫い目が見える!?」

 己のすべてをさらけ出してこそ向き合うことを許されたナックルボールという魔球。並木雄二にとってナックルと向き合った復活の日々が男の自画像だとしたら、並木から遅れて30年後の2017年春、41歳で大リーグ・キャンプに挑んだ大家友和がフロリダで投げ込んだナックルの軌道もまた、大家友和の生き様、自画像そのものだったのである。(続く)

<次回へ続く>

文=山森恵子 写真=Getty Images
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