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石田雄太の閃球眼

【石田雄太の閃球眼】やり切ったと思えるまで――

 

30歳の若さながら「やり切った」とコメントを残し、今季限りで引退する決断をしたオリックスのモレル


 完全燃焼したというコメントを読んで一瞬、不思議な気持ちになった。退団が決まったオリックス・バファローズのブレント・モレルのことだ。

 ウエスタン・リーグの最終戦でチームメートから胴上げをされたという話を聞いていたので、今シーズン限りなのかなと想像はしていたが、まだ30歳。バファローズ退団、イコール引退という決断には正直、驚かされた。バファローズでの2年間はケガと外国人枠に泣かされて一軍と二軍を行ったり来たりのモレルだったが、ピンチを背負うピッチャーに声を掛けたり、ほかの外国人選手の相談役になったり、ビーモの愛称がファンに親しまれていたりと、人柄の良さはあちこちから聞こえてきた。

 一軍では38試合で打率.276、ホームラン1本に終わったが、二軍では47試合に出場し、打率.290、3本。振り回すことなく、しっかりボールを見極めるようになった結果、フォアボールが増え、4割近い出塁率を記録している。そんなモレルと今季限りで契約を打ち切るという球団発表がなされた際、「野球では完全燃焼した」というモレルのコメントとともに現役引退が伝えられたため、なぜなのだろうと不思議に思ったのである。今後は生まれ故郷のカリフォルニアへ戻り、父が営む広大なブドウ農園を継ぐために力を尽くすのだとか。モレルが何をもって完全燃焼したと言い切ることができたのかについては、興味深いところではあるが、彼の言葉を聞いて、ある選手のことを思い出した。

 去年限りで北海道日本ハムファイターズを退団した荒張裕司――。一軍の公式戦に出場したことはなく、ファイターズでの6年間、ずっと鎌ヶ谷でプレーしていた強肩が売りのキャッチャーである。チーム事情からファーストはもちろん、ファーム日本選手権ではセカンドを守らされたこともあった。それでもいつもユニフォームを真っ黒にしてボールを追い、どんな当たりでも一塁へ全力疾走する荒張のひたむきな姿は鎌ヶ谷ではお馴染み。残念ながら、一度も一軍でのチャンスを与えられないまま、去年限りでユニフォームを脱ぐこととなった。

 そのとき、荒張は「やり切りました」と胸を張っていた、という話を聞いたことがある。一軍の試合に一度も出られなかったのに、彼がそう言い切れたのはなぜだったのか。その心の奥底にある気持ちは荒張に聞いてみなければ分からないが、一度も一軍でチャンスを与えてあげられなかった球団関係者は、荒張のその言葉に救われる思いがしたのだという。そして荒張は消防士になりたいという目標を球団関係者に明かし、今年、超難関と言われる東京消防庁の試験に見事、合格した。その知らせが届いたとき、ファイターズの関係者はみんな、まるで自分のことのように喜んだのだそうだ。

 モレルにしても荒張にしても、「野球をやり切った」と言える強さがあったからこそ、迷いなくセカンドキャリアへと踏み出すことができたのではないだろうか。井口資仁(千葉ロッテマリーンズ)や森野将彦(中日ドラゴンズ)のように、陽の当たる場所で輝き続けた選手たちが引退するときに「やり切った」と口にするのは、何となく分かる。しかし、一軍で結果を残したわけでもない選手が「やり切った」と言えることには、井口や森野が言うのとは別の尊さがある。

 その尊さを、とくに意図せずに言い表していたのがイチロー(マイアミ・マーリンズ)だ。彼がメジャーで首位打者を獲った直後、こう言っていたことがある。

「だから首位打者を獲ったとか、獲らないとかということじゃなくてね。向こう(メジャー)で2割5分の選手であっても、自分のできることを……完璧には無理でも、意識の中で(自分のできることを)できてきた人間であれば、それは適当にやった3割5分の選手よりも、プライドを持って相手に立ち向かえると思うんです。どっちが人間として優秀かと言われると、決して適当にやって3割5分を残したほうじゃない」

 やり切ったと言ってユニフォームを脱げる選手は、幸せだ。そして、その「やり切った」という尺度は、周りが決めることではない。イチローが言う「自分のできること」をやってきたかどうかを知っているのは、自分だけなのだ。だからこそ、野球をやらせてもらえる限り、その幸せを噛み締めながら――やり切ったと思えるまでプレーしてほしい。燃え尽きてもいないのに周りの目を気にしてユニフォームを脱ぐなんて、潔くもなければ、カッコよくもない。

文=石田雄太 写真=BBM
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