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慶大・大久保監督と楽天ドラフト2位・岩見雅紀の素晴らしい師弟関係

 

3年間の「岩見伝説」を披露してくれた慶大・大久保監督(左)。横で聞く岩見も苦笑いを浮かべるしかなかった


「KEIO師弟対談」の写真撮影は、全体練習後に設定された。

「岩見君の右肩に、手を置いてください!!」

 慶大・大久保秀昭監督に2ショットの“決めポーズ”を依頼すると、苦笑いを浮かべた。教え子とのこうしたリクエストは当然、初めてだという。しかも、周囲では大勢の部員たちが“見物”しており、百戦錬磨の指揮官もさすがに照れを隠せない。もちろん、楽天に入団した岩見雅紀(4年・比叡山高)も落ち着かない様子だ。

 監督と選手――。一昔前(チームによっては現在も!?)なら直立不動で「はい」か「いいえ」しか言えない師弟関係だったかもしれないが、慶大にはそんな堅苦しいムードがない。ポーズ写真撮影が終わると、岩見も徐々に緊張がほぐれ、にこやかな表情で取材(週刊ベースボール12月11日号掲載)に応じてくれた。ベンチでの2人の良いムードが伝わるだろう。監督も選手をリスペクトした真の師弟関係が、そこにはあった。

 大久保監督は岩見に言った。

「プロは取材されて、ナンボだぞ!!」

 元近鉄捕手としてプレーし、引退後は球団広報、そして二軍コーチも歴任したキャリアがあり、インタビュー中の言葉一つひとつに説得力があった。元プロとしての経験談に、岩見も熱心に耳を傾けていた。

 2014年12月から母校・慶大を率いる大久保監督は就任3年目の今秋、初めて東京六大学リーグ戦を制した。四番・岩見はこの秋、リーグタイ記録の7本のアーチを放ち、歴代21本塁打で優勝に大きく貢献した。さらに、5試合連続本塁打、年間最多12本塁打のリーグ記録を打ち立て、神宮に多くの足跡を残した。

 ドラフトでは「楽天2位」指名という好評価となったが、春の開幕前の段階では指名されるかどうか、のレベルであったと本人も認めている。187センチ108キロ。飛距離は規格外も、得意とは言えない外野守備も含めて、各球団の評価も分かれていたのが事実だ。

 大久保監督は「30打席あれば20三振だった」と回顧するように、メンバーに抜てきした大学2年当初は、結果がなかなか出ない。天真爛漫、マイペースな性格である岩見はたびたび、グラウンド外でも指導されることが多かった。気の短い指揮官なら、岩見を外していたかもしれない。しかし、大久保監督はスラッガーとしての可能性を信じ続け、耐えて、我慢して起用したのである。

 4年春を前に、岩見は大久保監督との面談で希望進路を「プロ」と伝えた。覚悟を決めると、自覚が芽生え「やっと、野球選手らしくなった」とは、指揮官からの最大の褒め言葉である。

 牛歩のごとく一歩一歩、前へ進み、ラストシーズン、スラッガーとしての素質を開花させた。岩見は大久保監督にとって、手塩にかけて育てた一つの“傑作品”と言える。あるNPBスカウトは「大久保監督でなければ、岩見は誕生していなかった」とも話していた。苦楽をともにしただけに「一番、手を焼いた……」と認める。だからこそ、愛弟子のプロ入りは、自分のことのようにうれしい。しかし、同時に厳しい勝負がスタートした。

 成功したからこそ明かせる!? この3年間は“岩見伝説”の連続だった。爆笑の対談後、大久保監督は「オフになったら飯でも行こう。1年間の報告を聞いて、『また来年、頑張ろう!!』と、ね。そんな関係で行こうな」と柔和な表情を見せた。これほど、ありがたい理解者はいない。師弟であり続けるのと同時に、卒業後は同じ慶大OBの関係になる。岩見には大久保監督という“帰る場所”があるのは、この上ない恵まれた野球人生だ。

文=岡本朋祐 写真=長尾亜紀

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