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石田雄太の閃球眼

審判員には積極的に「打て!」と叫んでほしい/石田雄太の閃球眼

 

ストライクをコールするNPBの笠原昌春球審


 髪の毛一本分の正確な見極めなんぞ、人間にできるはずがない。それを生業としているのだから、NPBの審判という仕事は大変だと思う。間一髪のプレーを、最新型のビデオで撮影した高画質の映像で再生されて、その映像を見た何百万の人から「あれはない」「酷い誤審だ」と叩かれる。逆に、間一髪のプレーをビデオで再生されて、半分の人が「今のは誤審だろ」と疑ってかかった判定が正しかったとしても、「さすが」「素晴らしいジャッジだった」と讃えられることもない。正確が当たり前の商売だとはいえ、“一人の人間の目”vs“ビデオの映像を見た何百万人の目”の戦いを強いられていることを思えば、やはり審判というのは割に合わない商売だ。

 じつは、NPBにおける“審判vsビデオ”の戦いは30年に及んでいる。最大の敵は、東京ドームができたときに導入された天井カメラだった。ホームベースを真上から映すこのカメラは、内角と外角のストライクをじつに正確に捉えてしまった。何しろ白いホームベースは赤茶色の土の上に置けば鮮やかなコントラストを描くのだ。そこに真っ白なボールがやってくる。真上から見ていれば、白いボールがベースの上をよぎったか、よぎっていなかったかは一目瞭然である。白と白の間に赤茶色が見えれば、それは高低に関係なくボール……このカメラの登場に慌てた審判団は、テレビ局に天井カメラの映像を再生することの自粛を求めた。まさに髪の毛一本分の赤茶色を肉眼で正確に見極めることなど、不可能に決まっているからだ。以来、審判は、進化する一方の鮮明な映像と戦い続けることになる。

 そして今年、NPBにリクエスト制度が導入された。アウトかセーフか、ホームランか否かの判定に関しては、今年の前半戦、リクエストの結果、約35パーセントも判定が覆ったという数字が残っている。つまりNPBにリクエスト制度が導入されて、審判もビデオの目の助けを借りられるようになった今、判定が覆るのは、あって当然のこととなった。実際、技術が進化した現代において、最新のテクノロジーを駆使すれば野球の判定など、ほとんど正確に下すことができるだろう。だったら審判はAIにでも任せればいいじゃないかという話になってしまうのだが、そうはいかない。なぜなら審判には判定の他にもう一つ、重要な職務があるからだ。それが試合の進行を司る、ということだ。

 試合の進行とは、始まるときの「プレイ」のコールから終わったときの「ゲーム」の宣告まで、いかにスムーズに試合の成立を図るかということを意味する。その中の重要なファクターに、ストライク、ボールの判定がある。野球は、ストライクとアウトによって試合が進む。ストライクが入らず、アウトにならなければ永遠に試合は終わらない。だから審判は打てる球を見逃したとき、バッターに「ストライク(打て)!」と叫ぶのだ。審判にとって、ストライクのコールは試合を進行させる一つの手段なのである。

 そもそも、ホームベースというのは目安として置かれたものだという話を聞いたことがある。ストライクゾーンもだいたいが曖昧なもので、公認野球規則にある肩の上部やらユニフォームのズボンの上部、ひざ頭の下部などを1ミリ単位で正確に特定できるとも思えない。ハーフスイングの定義も曖昧で、やはりストライクのコールについては、どこかで審判の裁量に委ねなければならなくなる。

 この夏、高校野球の西東京大会で1試合に41四死球という試合があって、物議を醸した。もう少し審判の進行に幅があってもよかったのではないかという声と、いかなる理由があってもストライクゾーンを歪めるのはおかしいという声が飛び交っていたのだが、しかし、この件に関しては幅があってもよかったのではないかと考える。野球はストライクが入らなければ試合が終わらないゲームだ。進行という観点から考えたとき、そこに融通を利かせないのは審判の職務としてどうか、という考え方もあるからだ。

 このご時世、審判がアウトと言ったものは必ずしもアウトではなくなってしまったが、ストライクに関しては、今なお審判がストライクと言ったらストライクだ。試合進行のために“甲子園ストライク”があることを、個人的に否定しない。NPBにも“スピードアップストライク”があっていい。ストライクゾーンはあくまでも目安で、最終的には審判の裁量に委ねられているということを前提に考えるなら、審判は試合のスムーズな進行のために、自信を持って積極的に右手を上げ、「ストライク(打て)」と叫んでいいと思うのだ。そういう人間味のある幅もまた、野球の持ち味だと思うのだが、いかがなものだろう――。

文=石田雄太 写真=BBM
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