大学卒業後にアメリカでスポーツ医学を学び、世界各地でトレーニングを指導してきた住田ワタリ氏。自らの目と足で各国の野球事情を視察する同氏が今春に訪れたのは、中央アメリカ中部に位置するニカラグア。日本とはまったく異なる文化の中で根付く野球を、全4回の連載で紹介していく。 浜辺で白球を追う少年少女たち
ビーチでは子どもたちが野球に興じていた
乾いた音のクラクションが鳴り続け、球場の駐車場からあふれ出た車が周辺道路の渋滞を招いている。バス停に到着したバスから、乗客が球場に続く道に吸い込まれていく。「バモス・ニカ」と叫ぶファンの声は次第に大きくなり、入場ゲートには長蛇の列ができていた。
中に入るとスクリーンに映る青と白の国旗が目に飛び込み、「ビバ・ニカラグア」と連呼する場内アナウンスに合わせるようにホーンが鳴り響く。首都マナグアのデニス・
マルティネス新球場で、インターナショナル・シリーズとしてニカラグア代表とキューバ代表の3連戦が開催された。
数日前、首都から車で2時間南下したリバスという町で、いくつもの野球用のグラウンドを目にした。さらに車を進めた太平洋岸の小さな町の浜辺では、木製バットから放たれた白球を追う少年少女たちの歓喜の声が聞こえる。
「コーレ(走れ)!」「ティララ(球を投げろ)!」とはだしで砂まみれになりながらのビーチ野球。陽が落ち、薄暗い路地で「ホンロン(本塁打)!」と少年が叫び、車の防犯ブザーが響く。数十メートル先の車の下に転がる白球。宿泊先の2階の窓からのぞくと、3歳ぐらいの男の子が「ホンロン」を放った少年のバットを引きずってマネをしている。
しばらく路上野球を見ていると「ラセーナ(ごはんよ)」と女性の声が響き、その声に導かれるように子どもたちは駆け足で消えていった。
MLBスカウトも注目する代表戦
ニカラグア代表とキューバ代表が対戦したデニス・マルティネス球場
首都に戻る車中で運転手にビーチ野球や路上野球のことを聞いてみた。「ベイスボール(野球)は国技だよ。バットとボールがあれば場所なんか関係ないさ」と、この国の野球熱を耳にする。
サッカー強豪国のコスタリカとホンジュラスに挟まれたニカラグア。野球のレベルはというと、最新の世界ランキング(4月1日現在)ではドミニカ共和国に次いで13位。1996年のアトランタ五輪では4位に入ったこともあり、野球の強豪国には間違いなさそうだ。
日本から1万2000キロ以上離れた今回の舞台であるニカラグアは、人口600万人を超え、コーヒーを中心に農業が盛んで公用語はスペイン語。首都マナグアには大きなショッピングモールや海外のフランチャイズ店が進出し、外国人の姿も多く目にする。また、中米横断旅行者が行き交うハブ(中心地)としても有名である。
このシリーズのチケットはすでに完売し、国民の注目度の高さがうかがえる。ネット裏に腰を据えるとすでにMLB球団のスカウトが周りを固めていた。隣の席のスカウトに「ニカラグアに注目選手はいますか」と聞いてみると「ノー、ソロクーバ(キューバだけ)」と冷ややかな答え。続けてキューバの注目選手を聞いてみたが「トドス(全員)」と素早く返される。スカウトが手の内を明かすはずもない。
この日の地元紙エル・ヌエボ・ディアリオで、キューバ代表のホセ・マルティ監督は、ニカラグア代表について「高いレベルの野球をすることは知っている」と述べている。キューバ代表の布陣は3週間前にカリビアン・シリーズ(中南米、カリブ海諸国の代表チームによる大会)に出場した選手を中心に、若手とベテランで構成された「本気」の編成。昨年まで
ロッテでプレーした
サントスや元
巨人のセペダもラインアップに名を連ねる。
両国の国歌が終わり一段と「ビバ・ニカラグア」の声が増す。国旗を連想させる白のユニフォームに青の帽子のナインがグラウンドに散らばってゆく。球審の右手が上がりニカラグアの「熱い」週末が幕を開けた。
<次回へ続く>
●住田ワタリ(すみだ・わたり)
帝京大ではラガーマン。渡米してスポーツ医学を学び、MLBマイナー、ドミニカ共和国、メキシコ、
中日ドラゴンズでコンディショニングコーチを務める。2015年は日本ラグビーフットボール協会に所属しU-20日本代表の総務を経験。オフには野球後進国で野球教室を開催するなど世界を渡り歩く。15年11月から17年まで
オリックスでコンディショニング・ディレクターを務めた。
文&写真=住田ワタリ