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【心揺さぶる名言】鈴木孝政「相手はごまかせても、ボールはごまかせませんでした」

 


 1973年ドラフト1位で中日に入団した高卒右腕、鈴木孝政は「スピードなら誰にも負けない」と自信を持つ150キロ超のストレートを武器に、3年目の75年、主に抑えとして67試合に登板し最多セーブを獲得。続く76年に最優秀防御率と最優秀救援投手、77年も最優秀救援のタイトルを受賞。まだ二十歳を過ぎたばかりのニキビ面の青年は、その強気なマウンドさばきで絶大な信頼を集めた。

 ただ、当時のインタビューで本人は「落ち着いているように見えても、腹の中はいつもハラハラドキドキしています」と明かしている。試合に出発する前には必ず、寮の自室に置いてある地元・千葉の五所神社のお札に手を合わせ、調子が悪いときにはマウンド上で弱気が顔を出すこともあったという。

「頼むからホームランだけは出ないでくれ、ヒットならいいからってボールにお願いするときもあるんです。バットに当たってもいいけど、スタンドには絶対行くなよって」

 80年代に入ると先発に転向。たびたび右ヒジの痛みに襲われながらも不死鳥のごとくよみがえり、3度のリーグ優勝に貢献したエースは、プロ17年目の89年シーズンを最後に現役引退。「相手はごまかせても、ボールはごまかせませんでした」とは引退を表明した同年10月7日の記者会見での言葉であるが、直後に行われたヤクルト戦(ナゴヤ)に5回から登板すると、9回まで5イニングを投げ被安打4、1失点で勝利投手に。それが、自らのボールと真摯に向き合い続けた右腕が、最後に手にした白星だった。

写真=BBM

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