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野村克也が語る「素振りの効用」

 

現役時代、筆者は素振りで打撃を磨いていった/写真=BBM


40、50本出ないのは素振り軽視が原因か


 今は各球団、選手寮に立派な室内練習場を備えており、いつでもバッティングマシンの球を打つことができる。昨今の選手たちにとっての“自主練習=マシン打撃”なのだろう。それだけでなくフォームを固めるときも、ティー(トス)バッティングを使っている。「多く振る」ことより、「数を打つ」ことに重きを置いた練習が多いようだ。

 私はずいぶん前から、この風潮に異論を唱えてきた。私の持論は「まず、素振り」。物事は基礎、基本、応用の順に学び、繰り返し、体にしみ込ませていく。素振りはバッティングにおける“基礎”だ。この基礎を飛ばして先に進んだり、フォームが崩れたとき、この基礎に立ち戻らなかったりするのは、間違っていると思う。

 40本、50本ホームランを打つ選手が近年なかなか出ないのは、こういった“基礎の勘違い=素振り軽視”が原因ではないか。マシンを使って行うバッティングも筋力トレーニングも否定はしないが、バットを振るための体力は、やはりバットを振ることでつけるべきだと思う。

 私が考える素振りの効用を、挙げてみよう。

<スタミナと筋力をつける>
 素振りで基礎、土台を作る。1シーズンを通して自分のスイングをするためのスタミナ、筋力を養う。特に25歳までは毎日、300〜500本は素振りを続けてほしい。

<理想のスイングをイメージ>
 ヒザ→腰→肩→手という、下半身主導の正しいスイングを身につける。そのためにも、自分の好きなコースなどラクなスイングばかり繰り返さず、「外角、真ん中、内角」「高め、低め」を組み合わせ、さまざまなコースを想定してスイングする。後述するが、自分がお手本としたいバッターのスイングをイメージしながら打つとよい。

<正しい力の入れどころを覚える>
 私の場合は、スイングの“音”が判断基準だった。「ブーン」や「ブンッ」ではなく、強くキレのある「ブッ!」という音。力み過ぎず、力を抜くところと入れるところを正しく配分してしっかり振り抜くと、この音が出る。自分で一日の素振りの回数や時間はある程度決めていたが、それを超えたところで「ブッ」と音が出たら、その日の素振りは終わりにした。

「フライボール革命」は天才の世界での話


 素振りは、それをある回数や一定時間こなすことが目的になってしまっては、意味がない。あくまでもイメージバッティング。よく「対戦相手のピッチャーをイメージして振り込んでいたのですか?」と聞かれるが、私の場合はピッチャーよりバッター。前述したように、まず自分がお手本としたいバッターのスイングを模倣して振るところから始まった。

「学ぶ」は「マネぶ」。自分のフォームがまだ固まっていない間は、それに限る。そこから始まって、“自分流”を作っていけばいい。

 私のころ、パ・リーグのスラッガーといえば中西太さん(西鉄)、山内一弘さん(毎日ほか)の2人だった。最初は中西さんの「遠くへ飛ばす力」にあこがれ、中西さんを模倣した。しかし、どうもしっくりいかない。そこで、すぐ山内流に変えた。

 私の現役時代は、“ダウンスイング”全盛だった。王貞治(巨人)が流行らせたものだ。若い読者の皆さんも、王が日本刀を使って大根切りのようなスイングをしている写真を見たことがあるだろう。「人間には錯覚がある。レベルで振っているつもりでも、アッパーになってしまう。だからダウンスイングで上から叩くくらいの感覚で振ったほうがいい」と、王は言った。

 ホームランは、大杉勝男(東映ほか)の「月に向かって打て」ではないが、上空に向かって球を飛ばすイメージだ。だからホームランを打とうと思えば、その軌道に則ったスイングをしたくなる。しかし、それは大きな間違いだと思う。

 私の場合、「ホームランを狙う」とは「ホームランにできる球を待つ」──すなわち、「高めの球を待つ」ことだった。どんな球でも狙えば打てるわけではない。あの王でさえ、「ヒットの延長がホームラン。ホームランは狙って打てるものではない」と言っていたのだ。もっとも門田博光(南海ほか)は私に、「俺は全部、場外ホームランを狙っている。その打ち損じがヒット」と豪語していたが。

 昨年、メジャー・リーグから『フライボール革命』なる理論が日本球界に伝わってきたそうだ。なんでもレベルからダウンのスイング軌道で強いライナーを打つより、アッパー気味のスイングでフライを打ったほうが、ヒットもホームランも出る確率が高くなるのだという。つまり、“柳田(柳田悠岐=ソフトバンク)流”ということか。

 私は天才じゃないから、そういう考え方は分からない。遠くへ飛ばす力は、天性のもの。私はレベルからダウンスイングで、ボールをつかまえるのが精いっぱいだった。

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