金田監督は21時もユニフォーム姿

帝京高は開幕試合で初戦を突破し、16年ぶりの春1勝。甲子園での勝利の校歌は格別だった[写真=毛受亮介]
[1回戦]帝京(東京)4-3沖縄尚学(沖縄)
第98回選抜高校野球大会が3月19日、
阪神甲子園球場で開幕した。開会式直後の開幕試合で16年ぶり出場の帝京高が、昨夏の甲子園優勝校・沖縄尚学高に逆転勝ちした。
保護者と卒業生、2つの顔があった。
帝京高の正捕手・
鈴木優吾(2年)の父・賢一さんは、同校野球部OBである。昨秋、東京大会優勝。16年ぶりのセンバツ出場を「当確」とさせると、すぐさま3月19日の開幕に合わせて、ホテルの予約を入れたという。
「開会式を見に来る予定を組んでいたんですが、まさか、開幕試合のクジを引くとは……。しかも、偶然にも帝京高校と同じホテルでした」
エピソードを明かす。
「息子が宿舎で素振りしているところを見かけたんですが、そこで細かいことを言っても仕方ないので『大丈夫だ!』と安心するような言葉をかけました。すると、21時過ぎなのにもかかわらず、金田(優哉)監督がユニフォーム姿のままでいたんです。翌朝は朝5時起床ですよ(苦笑)。着替える暇もないぐらい、生徒たちと向き合っていたんです。2021年秋から(甲子園優勝春2度、夏1度の)前田三夫監督の後を受け、ものすごい重圧だったはずです。仮に『おい、鈴木! 監督をやってくれ!』と要請されても、私には到底、引き受けることはできません。帝京を背負うには、相当な覚悟が必要ですから。金田監督の指導法は令和の高校野球に合っている。私たちが高校時代のように監督から言われて動くのではなく、選手のことを尊重する。今回の甲子園出場で苦労が報われて良かったと思います」
1992年春。帝京高はエース右腕・
三澤興一(元
巨人ほか)を擁しセンバツを制したが、賢一さんは歓喜の瞬間をアルプス席で迎えた。前年秋は内野のレギュラー。センバツは背番号4で登録されていたが、開幕直前に右肘を痛め、直前のメンバー変更。夏の甲子園は背番号5でベンチ入りも、先発出場はかなわなかった。高校卒業後は創価大でプレーし、王子製紙春日井(のち王子製紙、現・王子)では14年現役を続けた。王子は昨年、21年ぶり2度目の都市対抗制覇を遂げ、賢一さんは副部長として、黒獅子旗奪取に尽力。前回優勝時の正捕手が賢一さんであり、同年の社会人ベストナインを受賞した絶対的な司令塔だった。
平日は会社の社業、そして、野球部副部長、週末は愛知守山ボーイズの監督として指導。息子も英才教育した。1学年上の左腕・仁禮パスカルジュニア(3年)が帝京高に進学した背景もあり、息子も同校へ進んだ。
甲子園対策をレクチャー

帝京高は0対1で迎えた8回裏に逆転した後、二死満塁から八番・鈴木が右前へ落とす2点適時打を放った[写真=牛島寿人]
前年11月からセンバツ応援の準備をしており、1回戦は会社を休んだ。賢一さんは後輩たちの力になるために、自ら動いた。3月6日の組み合わせ抽選会で沖縄尚学高との対戦が決まると、相手校分析に時間を割いた。「現場には指導者がいますので、あくまでも参考意見として、提出させていただきました」。昨秋の九州大会3試合の映像を何度も確認して「鈴木メモ」を手渡した。息子には大会前、甲子園対策をレクチャーした。
「警戒しないといけないのは風ですね。今日は雨予報なので、浜風ではないですが、想定しておかないといけない。あとは、沖縄の指笛。耳に入ってくるようではダメですが……」
帝京高は昨夏の覇者・沖縄尚学高に逆転勝利で、16年ぶりの甲子園白星を挙げた。1点ビハインドを逆転した8回裏、八番・捕手の鈴木は二死満塁から貴重な追加点となる2点適時打を放っている。追い込まれてからも4球ファウルで粘り、持ち味である「強い気持ち」で運んだ右前打だった。守りでも好リードで、沖縄尚学高の夏春連覇を阻止し、名門復活を印象づけた。帝京高としては春夏通算甲子園52勝目。過去51勝はすべて前田前監督の実績であり、金田監督は甲子園初采配で初勝利、新たな足跡を記したのだった。
試合後、鈴木は顔に泥をつけたまま、興奮気味に取材に応じた。
「チャンスの場面では『帝京のプライドを持っていけ!』と言われまして、強い気持ちで打席に立ちました。(胸マークのTeikyoを指差し)ここで戦っているので……」
父からのアドバイスが参考になったかを聞くと思わず、鈴木は表情を崩した。
「ありがたかったです。データ通りでした。苦手なコース、打球方向、守備位置……。すべて、はまりました。感謝しかないです」
社会人野球で磨かれた頭脳

帝京高OBの鈴木賢一さんは2年生正捕手・鈴木優吾の父。一塁アルプスでオリジナルタオルを手に声援を送った[写真=BBM]
賢一さんは帝京高が組まれた開幕試合後も甲子園にとどまり、2回戦で勝者と顔を合わせる第2試合(中京大中京高-阿南光高)を観戦。次戦の「鈴木メモ」の作成に、余念はなかった。2回戦は中京大中京高(愛知)と対戦する。
アマチュア野球最高峰・社会人野球の頂点を極めた元捕手は、洞察力に長ける。また、長年、負ければ終わりのトーナメントの一発勝負、百戦錬磨の社会人野球で磨かれた頭脳は相当なレベルにある。ただ、野球部OBながら、保護者としての顔もあり、決して現場で表に出ることはしない。とはいえ、影の立役者。大きな戦力となっていることは間違いない事実だ。
取材・文=岡本朋祐