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上智大・正木悠馬(投手) 東都三部に潜む逸材「前例がないですけど、やればやるほど本気になれました」

 

1931年に創設された東都大学野球連盟は一部から四部まで22校で構成。春、秋の結果を受けて一部二部、二部三部、三部四部の入れ替え戦が行われる戦国リーグだ。上智大は1916年創部。スポーツ推薦はなく、一般入試、帰国生入試などを突破した精鋭で編成されている。2度にわたりアメリカで生活した153キロ右腕が、にわかに注目を集めている。
取材・文=小川誠志 写真=川口洋邦(インタビュー)、中島奈津子

四谷キャンパスに隣接する真田堀グラウンドにて撮影。限られた環境で工夫を凝らした練習を重ねてきた


「独学」でスタイル確立


 最速153キロをマークする力強い速球が捕手のミットに突き刺さる。東都大学三部リーグでは頭ひとつ抜けた存在だ。ピッチングフォーム、トレーニング、変化球の投げ方など、投手にとって必要なことのほとんどを、正木悠馬は「独学」で研究し、実践してきた。

 上智大硬式野球部は東都大学野球三部リーグに所属する。1916年に創部され100年以上もの歴史を持つ。スポーツ推薦はなく、一般入試や帰国生入試などを経て進学してきた部員54人が、四谷キャンパスに隣接する真田堀グラウンド、神奈川県秦野市にある上智大秦野野球場などで活動している。三部優勝回数は5度。一部昇格はまだない。

 硬式野球部は学生主体で運営されている。投手を専門的に指導するコーチが不在である中、正木はさまざまな形で情報を集め、「独学」により、現在のピッチングスタイルをつくり上げてきたのだ。

「インターネットやSNS、動画サイトなどでいろいろ調べてみて、よさそうだなと思ったものを試してみて。自分に合わなかったらやめて、いいなと思ったら続ける。その繰り返しです。ちょっとずれ始めるとピッチングがうまくいかないときもあって難しいです。正直、今も試行錯誤しています(苦笑)」

 NPB投手の指導実績を持つスポーツトレーナーのセッションを受けたこともあるが「学生には、料金が高くて……」(正木)という理由から続けて通うことを断念した。

 試行錯誤を続ける中、正木がよりどころにしたのはフィジカルの能力を上げることだった。大学2年からはスポーツジムへ通い、筋力トレーニング、瞬発系のトレーニングに取り組んだ。

「フォームは感覚をつかむことが大事だと思うんですけど、筋トレは積み重ねで成果が出ると思って頑張りました。食事の量も増やして、フィジカル面を鍛えて」

 もともと持っていた高い運動能力に、鍛え上げた筋力、瞬発力が加わった。50メートル走6秒を切る俊足。大学のトレーニング施設にあるボックスジャンプでは150センチを軽々跳び「そこには150センチまでしかないんですけど、もうちょっと跳べると思います」とさらり。デッドリフトは体重の3倍である240キロを上げる。体重も大学1年の頃に比べて10kg以上の増量に成功した。

4年春を前に大台突破


 アメリカ・ワシントン州で高校3年間を過ごした正木は、日本の高校野球を経験していない。高校では主に内野手だったが、投手の経験もあった。「せっかく野球をやるなら一番楽しかった投手をやろう」と上智大では投手としてプレー。1年春からリーグ戦のマウンドへ上がり、2年春の一橋大との三部四部入れ替え戦では神宮球場のスコアボードに球速「145キロ」を表示させた。

 上智大は正木が1年秋、四部降格を喫した。2年春、正木は四部最優秀投手、最優秀防御率、ベストナインを獲得。秋にも四部最優秀防御率を獲得。チームも2年秋には四部優勝、一橋大との入れ替え戦にも勝って、三部復帰を果たした。

 3年春、秋は思うような結果が出なかった。球速が上がったことから・・・

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