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レジェンドを訪ねる 昭和世代の言い残し

土井淳(元大洋)インタビュー<3>三原脩監督はどんな人?「選手の適性をよく見ていた」

 

昭和生まれのレジェンドの皆さんに、とにかく昔話を聞かせてもらおうという自由なシリーズ連載。元大洋の捕手・92歳の土井淳さんの3回目は、大洋(現DeNA)に三原脩監督がやってきて優勝した1960年のお話を伺いました。
文=落合修一

土井淳


26歳で兼任コーチに就任


──1956年に土井さんが入団した大洋(現DeNA)が4年連続で最下位だった話の続きです。

土井 3年目(58年)のシーズン終盤、両リーグの優勝も決まって消化試合の巨人戦が後楽園でありました(10月8日)。試合後に大洋の球団の人から「お前と会いたがっている人がいる」と言われ、指定するお店に行ったら西鉄(現西武)の監督の三原脩さんが1人でいたのです。西鉄は日本シリーズで巨人と対戦するから巨人の情報を捕手の僕に聞きたいのかなと思ったら、三原さんは「僕は来年から大洋の監督になるんだ」と。びっくりしましたね。そのときの西鉄は3連覇して絶頂のときですよ。その大監督がこんなに弱い大洋に来るのかと、耳を疑いました。三原さんの用件は「大洋のチーム状況を教えてくれ」というものでした。

──実際に三原さんが大洋に来たのは翌々年の60年ですよね。

土井 どこからかその話が漏れて、西鉄が1年引き止めたんです。59年、大洋の監督は球団社長兼任で森茂雄さんが務めました。僕が明大のときの早大の監督で、三原さんの早大の先輩ですよ。森さんが三原さんを呼んだんじゃないのかな。で、三原さんが正式に大洋の監督になったときに「兼任コーチとして、俺を助けてくれ」と。まだ26歳だったのに。

──大洋に来た三原さんは、何が違いましたか。

土井 最初は、キャンプの練習が効率的でした。最初の3日間は第1クールで、投手と野手をそれぞれグループ分けして、これとこれをやれ、第2クールはあれとあれ。段々とチームプレーに入っていく。今は当たり前ですけど、そういう練習のスケジュールを決めたのは三原さんが初めてだったのでは。当時はコピー機もないでしょ。翌日のメニューをマスコミ用、監督用、選手のみんなが見る用と何枚も紙に書くのが夜中までかかって大変でした。

──ほかには。

土井 選手をよく見ていました。打撃はいいけど守備が得意じゃないとか、足が速いとか、いろいろな個性の選手がいるでしょ。それを把握して・・・

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