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あの日、あのとき、あの場所で 球界の記念日にタイムスリップ

<1959年10月29日>究極のシーズンを締めくくる悲願の日本シリーズ4連勝はマメの痛みと戦いながら

 

シーズンは38勝4敗、日本シリーズでも宿敵・巨人を相手に4連投4連勝と圧倒的な結果を残した1959年の南海・杉浦


シーズン成績は38勝4敗、防御率1.40


 杉浦忠(南海=現ソフトバンク)が、1人のプロ野球投手が1シーズンでどこまでできるのかという問いに、最も満点に近い回答を示したのは、1959年のことである。

 1年目の58年に27勝を挙げ、満票で新人王を獲得した杉浦だったが、59年の活躍はそれをはるかに上回るものだった。69試合に登板し、38勝4敗(最多勝)、防御率1.40(最優秀防御率)を記録。勝率.905、336奪三振、9完封もリーグトップで、投手5冠に輝いた。アンダースローから投じるストレートには威力があり、カーブは鋭く曲がった。

 当時のエースにとっては当然のことだったが、杉浦は先発にリリーフにと、マウンドを問わずフル回転した。先発成績は35試合(266回2/3)で24勝3敗、19完投、防御率1.65。リリーフ成績は34試合(104回2/3)で14勝1敗、防御率0.77である。救援して最後まで投げ切ったことを意味する交代完了は、チーム最多の26だった。現代のプロ野球に当てはめれば、その活躍はエース級の先発2人、優秀なセットアッパー、そして絶対的クローザーの計4人分に匹敵する。シーズン終盤に達成した54回2/3連続無失点は、パ・リーグ記録としていまだに破られていない。前年まで3年連続日本一を達成した最大のライバル・西鉄(現西武)に対しても、7勝1敗と圧倒した。南海に4年ぶりのリーグ優勝をもたらしたのは、間違いなく杉浦の右腕であった。

 日本シリーズが幕を開けた。相手はリーグ5連覇中の巨人。南海にとっては過去4度挑み、いずれも敗北を喫した仇敵(きゅうてき)であった。

 10月24日の第1戦(大阪)に先発した杉浦は・・・

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