週刊ベースボールONLINE

背番号物語2019

メジャーの背番号 ヤンキースは1ケタすべてが永久欠番

 

メジャー・リーグでは背番号にどのような重みがあるのか。ここでは永久欠番をキーワードにメジャーの背番号事情を紹介していく。

今後の活躍が注目されるトラウト[左]とアルトゥーベ


多彩な永久欠番


 2017年5月にヤンキースの「2」が永久欠番となった。「ザ・キャプテン」と呼ばれ11代目のキャプテンとして5度の世界一に導いたスーパースター、デレク・ジーターが20年間着けていた番号だ。

 皆さんもご存じと思うが、これにより「1〜10」すべての背番号が永久欠番となった。つまり、今後ヤンキースの選手たちは1ケタの番号を着けられないことになる。

 ヤンキースの永久欠番はこれで数字上では21個となった。「数字上では」とつけたのは、実は重複している番号が2つあるからだ。「8」と「42」である。

「8」は、メジャーファンなら伝説のキャッチャー、ヨギ・ベラを想像するだろう。ベラは10度の世界一を経験し、3度のア・リーグMVPに輝き、史上最強の捕手と言っても過言ではない。そのベラをメジャー昇格後に1年間、徹底的に鍛え上げたのが、ビル・ディキーだ。優れたリードと強肩強打が売りの捕手で、ベーブ・ルースやルー・ゲーリッグらとヤンキース最初の黄金期を築いた。1936年から4年連続20本塁打100打点以上の成績で4年連続世界一をけん引した。

 彼もまた「8」を着けており46年限りで引退。その年にベラに「8」の背番号を譲った。デッキーは54年に野球殿堂入りしたが、弟子であるベラも72年に殿堂入りをしたのを機に師弟関係で「8」が永久欠番となったのだ。

 もう一つは、30球団で永久欠番となっている「42」。ヤンキースでは、メジャー通算歴代1位のセーブ数652を記録したマリアノ・リベラの番号だ。97年、ジャッキー・ロビンソンの栄誉を称え「42」が全球団で永久欠番となったが、このときリベラは42を着けており、特例で着けていいことになった。97年から引退する13年までの16年間、メジャー30球団でただ一人「42」を着け続け、ヤンキースの守護神として、前人未到の通算セーブ数を積み上げた。引退後にロビンソンとともに“リベラの番号として”永久欠番となった。

 ジーター、リベラとともに、生え抜き選手としてヤンキースの黄金時代をけん引した選手にバーニー・ウィリアムスとアンディー・ペティットがいる。彼らを「コア4」と呼ぶが、残りの2人の背番号「51」と「46」もまた永久欠番だ。

 では、メジャーの永久欠番で一番大きな番号はいくつかご存じだろうか。それはインディアンスの「455」だ。95年の6月12日から01年の4月4日まで「455試合連続入場券売り切れ」という歴代の記録を更新したことで、この数字が欠番となった。

 メジャーでは、選手の栄光を称えるだけの永久欠番ではない。ブリュワーズでオーナーを務めた、前MLBコミッショナーのバド・セリグ氏は、ブリュワーズの「1」として永久欠番となっている。

 またカージナルスの「85」もオーナーの永久欠番。「バドワイザー」で有名なアメリカのビール会社、アンハイザー・ブッシュ社の元会長で、オーガスト・ブッシュ氏だ。53年にカージナルスを買収しオーナーに。その後、チームは黄金期を築き、現在も地元・セントルイスは野球に熱心な都市として有名になっている。その基礎を作り上げたという栄誉を称え85年に「85」が永久欠番となった。この数字はこの年の85年が由来ではなく、ブッシュ氏の当時の年齢から来ている。

 現役選手に目を向けると、エンゼルスのマイク・トラウトとアストロズのホセ・アルトゥーベの「27」が注目だ。もし、この先移籍したとしても、「27」を背負い続けていけば「27」が2人の代名詞となり永久欠番になる可能性がある。複数球団で永久欠番になっている選手は、ロビンソンを除けばノーラン・ライアンにグレッグ・マダックス、そしてハンク・アーロンらがいる。果たして2人は彼らのようになれるだろうか。
特集記事

特集記事

著名選手から知る人ぞ知る選手まで多様なラインナップでお届けするインビューや対談、掘り下げ記事。

関連情報

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング