元号が平成から令和に変わり、各チームの戦いも40試合に近づいている。今回は令和元年を指揮する監督たちに迫ってみたい。 ※記録は5月12日現在 戦力底上げからスタート
2017年限りで現役を退くと、低迷するチームを立て直すために監督へ就任。現役時代に各チームでチャンピオンに輝いた優勝請負人は、指揮官としても手腕を発揮できるか。 監督1年目となった昨季、前年最下位に沈んだチームにあってまず着手したのは戦力の底上げだった。「我慢して使わないと選手は育たない。何を言われようが、次の年につながるように」と、
井上晴哉や
中村奨吾を主軸に固定することで覚醒をうながし、経験を積ませるために
藤岡裕大や外野コンバートの
平沢大河などを辛抱強く使い続けた。
その結果、今季は着実に選手層の厚みが増した。象徴的なのがチームリーダーの
鈴木大地だ。
レアードの加入もあって開幕スタメンを外れたが、井上晴哉が不振に陥ると一塁として先発出場。ここまですでに内野の全ポジションを守るなど、主力にしてユーティリティーという存在に変貌を遂げた。投手陣も昨季後半に抜擢した
種市篤暉、
岩下大輝が、ともに今季はシーズン途中から先発ローテの座をつかみ取っている。
ただ、引退して即監督就任のためコーチ経験がゼロなのは事実。そこを補うためにヘッドコーチにダイエー時代に二遊間を組んだ
鳥越裕介、二軍監督に盟友・
今岡真訪を据えるなど、「野球観が一致する」人材の登用で自らのコーチ経験ゼロを補いながら、毎年のように夏場に失速を繰り返す投手陣の立て直しを図るために、今季はコンディション管理に定評のある
吉井理人を投手コーチに招へいするなど、柔軟にして適材適所の姿勢でスタッフを固めている。
采配も同様だ。昨季は“走塁改革”という明確なコンセプトを掲げ、足を絡めた攻撃を標ぼうしたが、それは「メンバー的にそうした野球をしなければ勝てない」から。ZOZOマリンにホームランラグーンができ、レアードが加わった今季は、積極的な走塁はそのままに、ポイントでの長打を想定した布陣で臨み、多くのビッグイニングを生み出している。“我慢の固定”を続けていた用兵も、選手層に厚みが出たことで選択肢が広がり、積極的な動きが目立ち始めた。外野の3枠目や遊撃、捕手は選手の調子や相手との相性を見極めながら試合ごとに選手を入れ替え、一定の結果を出すことで眼力の確かさを証明しつつある。
もちろん、チームはまだ優勝を狙うまでの戦力が整っているわけではない。だが、我慢すべきところは我慢しながら、現有戦力に合った戦術を柔軟に選択していく井口監督が、随所に指揮官としての才覚を見せ始めていることは間違いないだろう。
■井口監督TYPE 【指導スタイル】
育成と勝利の両立 【戦術スタイル】
走塁を含めた積極策 【好きな言葉】
「全員で乗り切る」 【コーチとの接し方】
対話を重視 【戦国武将に例えると】
伊達政宗 ■井口流令和スタイルはこれだ! 前日の同戦で12得点を奪ったが、相手左腕・
榎田大樹との相性を考慮して下位打線を右打者中心に組み替える。すると七番・
清田育宏が3安打1打点、八番・
吉田裕太と九番・
三木亮はともに1安打1打点と狙いが的中。9回に守備のミスから追いつかれたが、11回一死二塁で前日に昇格させたばかりの代打・
高濱卓也が決勝の適時二塁打。用兵と戦術がずばりと当たり、
井口資仁監督は「1点差で勝てるようになってきた。地力がついてきた」と納得顔だった。(5月9日対
西武戦、大宮)
知ってますか?選手・井口資仁
青学大時代に東都リーグ記録の24本塁打を放って鳴り物入りでダイエーに入団したスラッガー。右方向への長打が最大の特徴で、5年目の2001年に30本塁打、44盗塁、03年には打率.340、42盗塁でいずれも盗塁王に輝くなど、強打にして俊足を誇り、2度の日本一に大きく貢献。01年に遊撃から二塁にコンバートされた守備も華麗にしてダイナミックで、3度のゴールデン・グラブ賞を獲得している。2005年にはMLBに挑戦。ホワイトソックスへ移籍すると、二番・二塁を主戦場にワールド・シリーズ制覇。内野手は苦戦を強いられることが多かった日本人メジャーにあって、二塁守備も高く評価された。その後はフィリーズ、パドレスを経て、08年途中に復帰したフィリーズで2度目のワールド・チャンピオンに輝いている。09年に
ロッテでNPBに復帰すると、勝負強さに磨きがかかった打撃で10年の下克上Vに貢献。17年限りで現役を退き、そのまま翌18年からチームの指揮を執っている。
【選手歴】 国学院久我山高から青学大を経て97年に逆指名でダイエー(現
ソフトバンク)に入団した右投げ右打ちの内野手。強打俊足堅守を誇り、ダイハード打線の一角として1999、2003年の日本一に貢献。01、03年は盗塁王。05年からMLBに挑戦し、ホワイトソックス、フィリーズで2度の世界一に。09年にロッテで日本球界復帰、10年は下克上Vに輝く。17年限りで現役引退。1915試合、1760安打、251本塁打、1017打点、176盗塁、打率.270。
【コーチ歴】 17年限りで現役を退き、翌18年にロッテ監督へ就任。監督通算成績176試合、75勝97敗4分、勝率.436。