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チームを変えた伝説の男たち

2005年の西岡剛 日本一へ導いたスピードスター

 

ここからは、過去、自身が急成長、あるいは新人としてチームを劇的に変えた伝説の男たちを球団別にピックアップし、紹介していく。

2005年の日本一を足とバットでけん引したのが20歳の西岡だった


序盤の快進撃を支え日本一を呼び込む


チームが日本一へと駆け上がる原動力となったのが、すい星のように現れた圧倒的なスピードを誇る20歳の若武者だった。

 バレンタイン監督が復帰して2年目の2005年。交流戦初代王者に輝き、レギュラーシーズン2位からプレーオフを制してリーグ優勝、日本シリーズでは阪神を4タテして日本一に輝き、初開催となったアジアシリーズも制すという圧巻のシーズン。136試合で125通りの打線という“ボビーマジック”が炸裂する中で、主に一番として攻撃の火付け役となっていたのが高卒3年目の若きスピードスターだった。

 前年、スイッチヒッターに転向して頭角を現した西岡剛は迎えた05年、開幕スタメンを外れた悔しさを楽天との第2戦(千葉マリン)にぶつける。初回、左打席で先制の右中間三塁打を放つと10人連続得点となった2回には右打席で左中間席へ第1号。7打数4安打6打点、あと二塁打でサイクルヒットという爆発でチームを26対0の大勝に導いた。3.4月は打率.340、10盗塁。チームは交流戦突入まで12連勝を含む24勝8敗、交流戦でも24勝11敗1分けで王者となったが、快進撃の中心にいたのは20歳の若武者だった。

 この年、チームの遊撃には史上屈指の守備職人・小坂誠、二塁には打率.305の堀幸一がいた。西岡は小坂、堀との併用で二塁として91試合、遊撃として63試合に出場。その結果、遊撃でベストナイン、二塁でゴールデン・グラブ賞という離れ業を成し遂げている。ちなみに二塁のベストナインは堀、遊撃のゴールデン・グラブ賞は小坂だった。

「一番苦しかった」と振り返る7月を迎えると月間打率.159と大スランプに陥る。シーズン終盤に持ち直しはしたが最終打率は.268。それでも“足”の力は最後まで落ちなかった。コンスタントに数を重ね、成功率82%で41盗塁。31盗塁の大村直之(ソフトバンク)に大差をつけて盗塁王に輝いた。

 バレンタイン監督は不振に陥っても辛抱強く西岡を起用し続けた。「ボビーが結果が出ないからと僕を外していたら、終わっていた」と振り返るが、ソフトバンクとのプレーオフ第2ステージでは打率.316、5盗塁。日本シリーズでも打率.294をマークし、最後は結果で指揮官の起用に応えた。

 日本シリーズでのハイライトは阪神のエース・井川慶を攻略した第1戦だろう。初回の第1打席、三振に倒れたものの井川に11球を投げさせ、直後に先制のソロを左中間にたたき込んだ二番の今江敏晃は「粘ってくれたのでタイミングを合わせられた」と語っている。1対1となった5回無死一塁では絶妙なプッシュバントでチャンスを拡大、今江の決勝の二塁打へつなげた。日本一の立役者はシリーズMVPにも輝いた今江だったが、今江の殊勲打を呼び込んだのは西岡の粘りと技だった。

 06年にはWBCでもレギュラーとして世界一に貢献。スーパースターへの階段を駆け上がっていく。

【DATAトリビア】リーグトップ得点圏打率.377


 シーズン序盤は高打率を維持しながら最終的にはリーグ24位の.268に落ち着いたものの、一方で圧巻の勝負強さを誇っていた。ランナーがいる場面では打率.339を誇り、得点圏打率はリーグトップの.377。走者なしでは.227だったが、チャンス到来で打席を迎えると無類の集中力を発揮していた。この年の西岡は41盗塁、得点圏打率.377以外に11三塁打もリーグトップ。チャンスに強く、足を備えた一番打者としてチームをけん引していた。

PROFILE
にしおか・つよし●1984年7月27日生まれ。大阪府出身。右投両打。大阪桐蔭高からドラフト1位で2003年ロッテ入団。05年にレギュラーをつかみ、10年には打率.346で首位打者に輝く活躍で下克上・日本一に貢献。MLB挑戦を経て13年から阪神、18年限りで退団。現在はBCL/栃木に所属
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