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ダンプ辻のキャッチャーはつらいよ

連載ダンプ辻コラム 第133回「保土ケ谷に僕の野球塾をつくりたい!」

 

ノック名人の大洋・沖山コーチ


「脱税アウト!」


 時々だけど、地元の保土ケ谷税務署をお手伝いする仕事をしていて、そこで会長という肩書きをもらったんですよ。それまで僕は単なる元プロ野球選手のジジイだったんですが、肩書きがあるんで、くすぐったいんですが、「会長」と呼ばれるようになりました。不思議なものですけど、呼ぶほうも何となく安心しているような気がします。たぶん、偉いのか偉くないのかよく分からんジジイに肩書きができたことで、向こうも分かりやすくなったんでしょうね。

 始めたのは大洋時代からで、「青色申告を正しくやろう」みたいなキャンペーンがあると、頼まれて、そこに飾る選手のサインをもらってきたり、税務署がやっている野球教室を手伝ったりしていました。最初のころは田代(田代富雄。元大洋)も一緒にやってましたよ。

 最近もイベントがあって、そこでいろいろな人と話しているうちに、実現できるかどうか分からんけど、1つ夢ができました。ダンプ流「虎の穴」というんですかね。税務署の人に手伝ってもらって、保土ケ谷の球場で少年野球塾みたいなものができんかな、ということです。

 教えるのは、みんなに共通した同じものです。今って野球教室でも行く場所、行く場所で教えることが微妙に違うじゃないですか。みんなどうしても「俺はこうやった」って教えちゃう。それはそれでいいんだけど、その前の共通した投げ方、打ち方があると思うんですよ。

 要は基本中の基本ですが、最近はYouTubeやらで、プロ野球OBや、そうじゃない人も最新の技術をたくさんしゃべっている。やることないと、いつもそんな映像を見ているんですが、だんだん、みんなの言うことが固まってきたように思うんですよ。自分の経験と合わせても、「ああ、こうなのか」と納得できるものができてきた気がします。

 プラス、僕には整体で勉強してきた体の仕組み、使い方の知識があります。整体は絶対、野球にも役立ちます。あとはスポーツ科学というんですかね。こういう動きで投げるとボールがどう回転し、このとき、この筋肉をどんなふうに使っているのかとか、よく記事になっているじゃないですか。そういったものをみんな合わせて、子どもたちを教えるときに使っていけないかなと思っているんです。

 僕みたいな子どもたちが名前も知らん元選手じゃダメというなら、野球の会長は誰か有名な人を呼んで、僕は整体を教えたり、子どもたちを連れてきた、お母さんたちの不満の聞き役でもいいですけどね。税務署がプラスと思って金を出してくれるか? う〜ん、だったら試合で「アウト!」というとき、必ず「脱税アウト!」と言うのはどうですか。くだらん? はい、確かにそうですね。

 とりあえず、皆さん、税金はしっかり納めましょう。

バットの同じとこがへこむ


 今回はノックの話をしてみたいと思います。野球やったことない人は、あんなの誰でもできると言うかもしれんけど、意外と奥が深いんですよ。

 大洋に行ったとき、この人うまいなと思ったのは、沖山(沖山光利)さんです。現役時代の記憶はないのですが、明治大から秋山(秋山登)さん、土井(土井淳)さんらと一緒に入って、昭和35年(1960年)の優勝にも貢献された外野手だそうです。

 左打ちでしたが、外野にノックバットを立てておき、ホームあたりからカーンと打って、そのバットに当てる。百発百中でした。あれはびっくりしましたねえ。

 あと、阪神時代なら藤村隆男さん。この人はピッチャーとして135勝を挙げた方で、お兄さんは有名な藤村富美男さんです。ミスター・タイガースと呼ばれた大打者で、36インチの長尺バットでホームランをバンバン打たれたそうです。しかも、それをエンドを隠すように目いっぱい握っておられたというから驚きです。

 話を隆男さんに戻しますが、この人はノックがとてもうまかった。狙った場所にビシビシ行く。ノックの名称で「ショートアメリカン」というのがあるじゃないですか。左右5メートルくらいの幅で、ぎりぎり捕れるか捕れないかのところに打ち分けるのを繰り返すノックです。左手でバットを持って選手をじっと見てから打つんですが、隆男さんはほんとピンポイントに打つ。しかも気を抜いているなと思うと、きゅっと強く打って、そこからすっとまた同じ格好になる。あれがカッコよかったし、見ているほうも楽しいノックでした。

 この人のすごさが分かるのがノックバットです。朴(ほお)の木という軽くて柔らかい材質のものなんですが、ほんと1カ所だけがボールの大きさでへこんでいた。そこだけで打っていたんでしょうね。あまり弾まない打球や微妙に回転しているクセ球を自在に打ち分け、選手たちも「名人ノック」と呼んで感心していました。

 怖い人でしたが、ダンプには優しかった。一番、覚えているのは大洋への移籍が決まったあとです。当時、僕はもうコーチ修行くらいの気持ちになっていたんで、ブルペンで捕るだけで、体をあまり動かしてなかった。隆男さんが、それを心配してくれ、「ダンプ、大洋で動けるように練習に出て来いよ」と言って秋季キャンプに誘ってくれたんですよ。ほかのチームに行く選手なのにね。それで1カ月ほどですが、若手に交じって、これまでやったことないくらい動きました。

 きつかったけど、そのおかげで、そこから大洋で10年間現役を続けられ、22年とちょっとの現役生活を堪能できた。今でも感謝、感謝です。

PROFILE
辻恭彦/つじ・やすひこ●1942年6月18日生まれ。愛知県出身。享栄商高から西濃運輸を経て62年夏阪神入団。75年大洋に移籍し、84年引退。その後、大洋、阪神、横浜のコーチを歴任した。通算974試合、418安打、44本塁打、163打点、打率.209。ダンプの愛称は同姓の捕手・辻佳紀がいたためでもある。
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