アンダーハンドよりも上から、キレ味の良い最速144キロのストレート加え、スライダーら変化球の精度も高い。球団はかつての虎のエースだった“小林繁二世”として売り込んでいきたいという。本人も1年目から一軍で投げる意気込みを見せている。 取材・文・写真=上原伸一 3年秋を棒に振るもブレなかった一途な思い
1年前を思えば、嘘のようだった。帝京大の
青柳晃洋は10月22日のドラフト会議で
阪神から5位指名を受けると、込み上げるものがあったという。昨秋の首都大学リーグでの登板はわずか1イニング。青柳は「右ヒジのケガで大事なシーズンを棒に振ってしまいました」と振り返る。同期の
西村天裕(和歌山商)が翌年のドラフト上位候補に名を連ねる中、出遅れた感もあったろう。それでも入学時の「4年後は必ずプロに行く」という決意にブレはなかった。今春3勝を挙げて復活を果たすと、秋はリーグ最多の6勝に初のベストナインと、スカウト陣も納得させる投球を見せた。
指名直後、真っ先に「おめでとう」と声をかけてくれたのは、その西村だった。西村とはエースの座をかけて4年間競い合ってきた。
「天裕(西村)は今回、指名が見送られたので、心中は複雑だったはず……。天裕という存在がいたから、僕は大学で成長できたと思います」
帝京大・唐澤良一監督によると「ランニングのときも2人は張り合っていて、どちらかが終えるまでずっと走っていた」と明かす。
野球人生を変えたコーチとの出会い

独特な腕の位置から繰り出されるボールに、一流のプロの打者も苦戦するはず。球速表示以上の伸びで詰まらせていく
青柳の最大の持ち味は横手から浮き上がってくる最速144キロのストレート。青柳は「プロでも真っすぐで押せる投手になりたい」と言葉に力を込める。一方、変化球で新たな武器になったのが、今秋から使い始めたツーシームだ。右打者の内側を突き、左打者からするりと逃げていくツーシームは、持ち球のスライダーを生かすボールにもなった。唐澤監督は「ツーシームが加わって投球の幅が広がったのと、試合終盤でも球速が落ちなくなったことが、秋の成績につながったのでは」と見ている。
青柳がサイドスローに転じたのは野球を始めてわずか3年目。寺尾ドルフィンズ(軟式)でプレーしていた小学6年のときだ。チームの平岡昭彦コーチ(当時)から横から投げるように言われたという。
「僕のボールは速いほうだったんですが、コントロールに難がありまして。それと体の使い方が横投げに向いている、というのが平岡さんの見立てだったようです」
もっともスリークオーターだった青柳は「初めは横から投げるのが嫌だった」という。しかし青柳の気持ちとは裏腹に「横手投げはすぐにしっくりきました」。さっそく試合で試したところ、見違えるほどに制球が良くなり、その後、学童の大会で無安打無得点試合も達成する。青柳にとって幸運だったのは、この平岡コーチが、生麦中でも外部指導員として教えてくれたことだ。
「僕はリリースのとき、小指が上を向くのですが、こうしたことも含めて今のフォームの原型はすべて、平岡さんに作ってもらったものです」
中学1年時は平岡コーチに逆らって上から投げたこともあったそうだが「平岡コーチに出会わなかったら、横手でなかったら、プロには行けなかったでしょう」。
強振してくる外国人に強みを発揮するタイプ
青柳の運命を変えた横手投げ。ただ、サイドスローと呼ばれるのは少し抵抗があるという。
「僕は厳密に言うと、サイドとアンダーの中間なんです。上手と横手の中間がスリークオーターに対し、横手と下手の中間の名称はないので仕方ないのですが、大学の仲間からは『クオータースロー』(四分の一投げ)と言われています」
阪神からの指名はうれしかった半面、青柳からすると「まさかという感じだった」。「指名があるとすれば川崎工科高時代にも話があった
DeNA(当時は横浜)だと思っていたので」。さっそく大の「虎党」で知られるタレントの松村邦洋氏から花が届けられるなど「人気球団から指名されたと実感している」ようだが、阪神からの指名をことのほか喜んでくれたのが、女手一つで育ててくれた母親の利香さんだった。
「母は兵庫出身で阪神ファンなんです。苦労をかけたので、これで少しは親孝行ができたかもしれません」
指名挨拶に訪れた阪神の
佐野仙好アマ統括スカウトらからは「球団として『小林二世』で売っていく」と伝えられたという。沢村賞を2度受賞した往年の虎のエース・小林繁(故人)も横手ながら腕の位置が下手に近かった。93年生まれの青柳はリアルタイムの小林は知らないが「ネットの動画で投球シーンを見させてもらいまして、特にインサイドの攻め方がさすがだと思いました」。
青柳は強豪・社会人相手のオープン戦でもしばしば好投したという。唐澤監督は「社会人の選手は当てにくる大学生と違って、しっかり振ってきますからね。プロに入ってもそういうタイプ、例えば外国人選手に強みを発揮するのではないでしょうか」と話す。
来季から阪神を率いる
金本知憲新監督は、青柳が野球少年だったころのあこがれの選手。輝かしい実績もさることながら「死球を受けて左手首を痛めても、翌日は右手1本でヒットを打つなど、ケガに強い選手として印象に残っています」。青柳はケガで3年秋の1シーズン離脱した苦い経験を持つだけに「金本監督のようにケガに負けない、長くやれる選手になりたいです」と未来図を描く。
甲子園のマウンドが遠かった高校時代を経て、大学で素質を開花させた「クオーターハンダー」。今度はプロでもっと大きな花を咲かせる。

ドラフト後も休まず、帝京大グラウンドで汗を流す青柳。新人合同自主トレからアピールしていく構えだ
PROFILE あおやぎ・こうよう●1993年12月11日生まれ。神奈川県出身。181cm80kg。右投右打。寺尾小4年時、寺尾ドルフィンズで野球を始める。生麦中では軟式野球部で3番手投手。川崎工科高では1年夏からベンチ入り。同秋からエースで3年時は春夏県16強。帝京大では1年春から登板し、2年春から先発2番手。3年秋はヒジの故障で1イニングの登板も4年春は3勝、秋はリーグ最多6勝で初のベストナイン。首都大学リーグ通算31試15勝9敗、防御率2.03。最速は144キロにスライダー、カーブ、ツーシーム、チェンジアップ。