ラストイヤーの今春、アピールが必要だったが、リーグ戦の登板を回避した。すべてが指揮官の「将来」を見据えた配慮。だが、エース抜きの戦いでも投手層の厚さで、3年連続での大学選手権出場を決めた。昨年、飛躍を遂げた全国舞台だが、復活へ向けて我慢のときを過ごしている。 取材・文=岡本朋祐、写真=BBM 
右足内転筋痛で故障離脱前、ソフトバンク三軍との試合では5回をパーフェクト。春のリーグ戦は未登板も、その実力は誰もが認めるところだ
今春は登板なしも高評価は変わらず
九産大は福岡六大学リーグで2季ぶり37度目の優勝を決め、6月6日に開幕する全日本大学選手権(3年連続17回目)へ出場する。最終週、勝ち点4で並んだ九州共立大との直接対決。九産大は1回戦を落とし、王手をかけられてから2連勝という“逆転V”だった。プロ注目の147キロ右腕・
高良一輝はベンチで歓喜を迎えている。エース不在の中、伊藤奨太(4年・九州学院高)が先発と救援にフル回転してMVPを獲得。また、
浦本千広(1年・必由館高)、
草場亮太(3年・伊万里商高)らがカバーし、選手層の厚さを見せた。
高良にアクシデントが襲ったのは3月中旬だった。3月16日、ソフトバンク三軍との交流試合(小郡)で5回をパーフェクト。7奪三振でプロを圧倒してみせたが、球速は130キロ台。カーブ、スライダー、スプリットを駆使して、コーナーに丁寧に投げていたが、実はこの段階で右足内転筋に“違和感”を覚えていたという。1週間後のオープン戦でも先発したものの、本来のボールのキレとはほど遠い。大久保哲也監督が高良に直接確認すると、故障であることが分かった。
以降は治療に専念して4月20日に開幕したリーグ戦(対日本経済大)はメンバー外。4カード目の九工大1回戦(5月14日)で初めてベンチ入りし、復帰のタイミングを図っていたが結局、九州共立大との優勝決定戦を含めて、登板は見送られた。「投げようと思えば、投げられる。だが、怖さが残る中で再発しては元も子もない」。大久保監督は勇気ある決断を下した。大学選手権も状態を見ながら、慎重に判断していくという。全12球団のNPBスカウトが視察する前で復調した姿を見せるのが理想だが、無理は禁物。秋に万全の投球を披露すれば十分、ドラフト対象としての評価を受けられる。
高校1年夏の甲子園で「春夏連覇」を経験
高良は沖縄県出身。豊見城市内の実家には栄光の金メダルが飾られている。2010年夏の甲子園。史上6校目の春夏連覇を遂げた興南高の18人のVメンバーのうち唯一、1年生でベンチ入りしていたのが高良だった。
「経験できたのは良かったですが、ゲームに出たわけでもないので正直、実感がないんです。ブルペンも入らず、一人でバット引きでしたから……。島袋さんら3年生にはオーラがあって……」 周囲に気を使うあまり、甲子園期間中に体重は4キロ減った。
この夏、ほぼ一人で投げた2学年上の左腕エース・
島袋洋奨(中大-現ソフトバンク)が14年、1学年上の
大城滉二(立大-現
オリックス)が15年にドラフト指名を受けた。高良は
「島袋さんら身近な先輩が行くと刺激になります。自分もプロを目指して頑張りたい」と意気込む。
甲子園で最高の場を味わったが、1年秋以降は必ずしも順調な高校野球生活ではなかった。2年秋にエースナンバーを手にするも、1学年下の花城凪都(現中大)、有銘昭普(現亜大)による継投が主。
「3年時は調子が上がらず、悔いが残っています」。高良は一本立ちすることができなかった。あこがれの先輩・島袋の背中を追いかけ、中大のセレクションを受けるも合格には至らなかった。
「神宮出場に近い九産大で、東京の大学を見返そうと思った」 指定校推薦で入学した一般組。合流当初はどうしても、スポーツ推薦組が“優遇”される。しかし、大久保監督の目に留まるまで、そう時間はかからなかった。担当コーチから「球質とコントロールが良い」との報告を受け、評価急上昇。1年春から登板機会に恵まれると、2年時には
浜田智博(現
中日)に次ぐ2回戦の先発に定着。年間で7勝を挙げると、3年時に野球人生の転機を迎えることとなる。
人生を大きく変えたプロ注目右腕との直接対決

昨年の大学選手権2回戦で仙台大のプロ注目だった熊原健人[DeNA2位]に投げ勝ち(完封、16奪三振)一躍、スカウト注目の的となった
仙台大との大学選手権1回戦。相手エース・熊原健人(現DeNA)との投げ合いを、2安打完封で制した。しかも16奪三振という投球内容に、ネット裏のNPBスカウトは「16年のドラフト有力候補」として一斉にペンを走らせている。東海大との2回戦では救援でチームの勝利に貢献し、8強進出の立役者となったわけだが、高良は熊原との対戦で大きな課題が見つかったという。
「ゲーム終盤でも140キロ後半を投げ込んでいた。試合には勝ちましたが、馬力と体力が違うと思いました」 昨秋も4勝無敗で、2季連続で防御率1位のタイトルを獲得。しかし、神宮大会出場をかけた九州代表決定戦は右肩疲労により登板できず、チームも全国舞台を逃した。あらためてスタミナアップの課題が突き付けられた。冬場は九産大のキャンパス内にある、急勾配の坂道ダッシュを1日20本消化。下半身強化に努めていた矢先のアクシデントだった。
投球フォームは少年時代からほとんど変わらない。豊見城高、沖縄大でプレーした父・均さん(右投手)から教わった上下のバランスが良い形を継続している。春のリーグ戦でアピールする場はなかったが、焦る必要はまったくない。スカウトの評価は、固まっていると言っていいからだ。あとは、元気な姿さえ見せることが先決。「一般組」から這い上がってきた男が、そう簡単にへこたれるわけがないのだ。
PROFILE たから・かずき●1994年6月25日生まれ。沖縄県出身。177cm 77kg。右投右打。豊見城小2年時から豊見城ドリームズで内野手として野球を始め、6年時から投手で九州大会準優勝。豊見城中では豊見城オーシャンボーイズで九州大会準優勝、ジャイアンツカップ出場。ボーイズの九州ブロック代表として日中友好親善試合に参加。興南高では1年夏からベンチ入りし、甲子園優勝(春夏連覇)。2年秋からエース。3年夏は県大会2回戦(対浦添商高)敗退。九産大では1年春から登板し、同秋から先発に定着。3年時の大学選手権では8強。