今年1月4日、倉敷商高OBの星野仙一氏が死去。悲しみに包まれている闘将の母校に、プロ入りを目指している本格派右腕がいる。元気であれば、楽天の球団副会長として、自ら視察に名乗りを上げていたかもしれない。そこまで言わせるほどの、ポテンシャルの持ち主である。 取材・文=岡本朋祐 写真=宮原和也 
伝統の「KURASHO」のユニフォーム、そして、背番号1を着ける強い責任と自覚が、表情からもみなぎっている
4月、倉敷商・森光淳郎監督を交えた三者面談で高校卒業後の進路を「プロ一本」に定めた。この秋、堂々とプロ志望届を提出するためにも、
引地秀一郎には夏までにクリアしなければならない2つのハードルがある。「倉商を甲子園へ導くピッチングと、今季中に150キロを超える」。重圧をかけるため、自ら設定した。
高松中時代に軟式球で最速137キロをマーク。変化球もスライダー、カットボール、カーブ、シュート、チェンジアップを巧みに操り、中国大会準優勝で、全国大会のマウンドも踏んでいる。岡山県内で「強豪」と言われる私学の多くから声がかかったが、引地には1931年7月創部の伝統校・倉敷商高しか頭になかった。
高校生・引地としての理由はこうである・・・
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