プロ1年目はケガに泣いたシーズンとなった。オフには戦力外からの育成再契約。ただ、独立リーグ時代の苦しい経験と比べたらまだまだここから。「踏ん張れる」。右腕は人一倍強い気持ちで、上を目指している。 取材・構成=菅原梨恵 写真=佐藤真一、佐々木萌 
投手/入団2年目/21歳
右肩を痛めた影響で、ルーキーイヤーはほとんど投げることができなかった。育成選手となって迎える2年目は、右腕にとっては実質1年目。だからこそ、登板を重ねながら、着実に経験を積んできている。投げられる喜びを胸に──。 ──プロ1年目はウエスタン・リーグ1試合のみの登板でした。
行木 プロでもまた右肩を痛めてしまって、悔しかったですし、投げられない歯がゆさとかもいろいろとありました。ずっと治療をしてきましたが、投げて痛めて、投げて痛めての繰り返しで。試合前まで、ブルペンだったり、対バッターというところまではいくんですけど、あと一歩というのが、なかなかうまくいかなかった。どうしたらいいのか分からないというのが、正直なところでした。
──独立リーグ時代の故障中は、生活費を得るためにバイトを掛け持ちしてやりくりしていたそうですね。
行木 練習生ということで給料が出なかったので、練習して、夜はバイトをして。本当にその繰り返しでした。
──そんな苦しい状況でも野球をあきらめずにやってこられた最大の理由は?
行木 やっぱりプロ野球選手になりたいという気持ちと、周りの応援、支えがあって、やってこられたのかなと思います。
──独立リーグ時代の経験というのは、プロ1年目の苦しいときにも生きてきたのではないですか。
行木 独立リーグ時代のほうが苦しい経験をしてきたので、それに比べたら。踏ん張れる。また気持ちが違いました。
──実戦復帰が叶わないまま1年目を終えると、2年目は育成選手として迎えることになりました。
行木 悔しさもありましたし・・・
この続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。
まずは体験!登録後7日間無料
登録すると、2万本以上のすべての特集・インタビュー・コラムが読み放題となります。
登録済みの方はこちらからログイン