文=斎藤寿子 写真=BBM 7月21日から負けなし6連勝を飾り、勝利数を2桁に乗せた小川
ひとつの出会いを自身の成長につなげる
セ・リーグの優勝争いはますます激しさを増してきた。8日現在、首位
阪神と、2位
ヤクルトは0.5ゲーム差、3位
巨人は2ゲーム差となっている。特に過去2年はBクラスだったヤクルトの奮闘ぶりが目立つ。
打率トップの
川端慎吾、トリプルスリー目前の
山田哲人、そしてプロ15年目にして初タイトルを狙う打点トップの
畠山和洋を中心に、打線の好調ぶりが話題を呼んでいる。
とはいえ、野球は打線だけで勝てるものではない。無論、チーム好調の要因には投手陣の踏ん張りも間違いなくある。その筆頭がチーム最多の10勝をマークしているエース
小川泰弘だ。
小川と言えば、“ライアン”と呼ばれる所以である、足を高く上げるあの独特な投球フォームだ。大学3年春のリーグ戦で悔しい敗戦を喫した小川は「何か変えなければ」と考えた。ちょうどその時出合ったのが、元メジャーリーグの速球王、ノーラン・ライアンの著書『ピッチャーズ・バイブル』。それを読むうちに、自分にも取り入れてみようと考え、自らフォームを修正したことが始まりだった。
しかし、小川にはもうひとつ大きな出会いがあった。その出会いがなければ、そもそも『ピッチャーズ・バイブル』に出合うことも、さらには現在のようにプロの第一線で活躍することもなかったかもしれない。
小川自身、「転機だった」と語るのは、高校時代でのことだ。ある日、学校の周りをトレーニングで走っている時、見知らぬ一人のおじさんが声をかけてきたという。
「はじめは不審に思っていたのですが、その人にこう言われたんです『このままやっていたら、ケガをするよ』と。おそらく練習で僕のピッチングを見ていたんでしょうね。当時、高校には専門のピッチングコーチはいなくて、自分だけでやっていました。だから何か確信できるものが欲しかった。聞けば、その人は明徳義塾高校でキャッチャーをしていたというんです。それで、時々その人に指導してもらうようになりました」
指摘されたのは、ヒジの位置だった。体の使い方がいわゆる横回転でヒジの位置が低く、ヒジに負担がかかっていたのだ。そこで縦回転にし、腰の動きから変えていったという。すると、ホップするかのようなボールが投げられるようになった。大学入学後は体が大きくなったこともあり、最速の球速は高校時代の138キロから、1年秋の明治神宮大会で147キロにまで伸びた。
「あのおじさんに声をかけてもらわなかったら、今の僕はないかもしれません」
3年前、ヤクルトにドラフト2位で指名された小川は、そう語っていた。しかし、一方で、ひとつの出会いを自身の成長につなげる力が小川に備わっていたという証でもあったように思う。
小川は自分のことを冷静に分析できる選手だ。だからこそ、171センチという小柄でも、あれだけのボールを投げ、エースとなり得たのである。もちろん、努力も惜しまない。大学時代から小川の体のケアをしてきたトレーナー岩田雄樹はこう語る。
「彼は、僕の治療を受ける前に必ず入念にストレッチをしてくるんです。言葉には言いませんが、体を触ればすぐにわかります。ケア前にストレッチをしたからといって、治療の効果は変わらないかもしれない。でも、少しでも体をいい状態に保とうとする小川なりの工夫がそこにはある。それが大事なんです。そうやって、できることを最大限にやろうとすることで、ケガの予防になる。彼は本物のプロですよ」
ヤクルトは残り19試合。さらにはクライマックス・シリーズが待ち受けている。小川にとっては初のポストシーズンだ。“打線は水もの”というだけに、特に短期決戦では投手力が非常に重要となる。エースとしての見せどころは、これからが本番だ。