『ベースボールマガジン』で連載しているプロ野球選手の第2の人生応援プロジェクト「パンチ佐藤の漢の背中」。現役を引退してから別の仕事で頑張っている元プロ野球選手の下をパンチさんが訪ね、お話をうかがってまいります! 今回は講師として教壇に立つ、元楽天の西谷尚徳さんです。 野球は野球、勉強は勉強。メリハリをつけて両立
立正大では教育学を専門としている西谷さん(左)
プロ野球選手のセカンドキャリアとして、高校、大学の野球部監督に就任、というのは今では珍しくない話。しかし、現役時代から大学院で学問を積み、引退後、大学法学部で教鞭をとる元選手といえば、希少な存在だろう。
東北楽天ゴールデンイーグルス“一期生”西谷尚徳さん。今は教育学を専門とし、「論理的技能を養成するための教育研究」「初年次教育における文章表現指導」「学生のキャリアに活かすアクティブラーニングと教育」を主な研究テーマに、活躍する。
◇ ◇ ◇
パンチ 大学のキャンパスなんて何年ぶりだろう! 懐かしいなあ! 今、ここ(立正大)ではどんな授業をしているんですか? 僕を学生と思って、少し講義してくださいよ。
西谷 例えば先日行ったのは、「論証をするためには」という授業ですね。
パンチ「論証」……ですか?
西谷 まず、佐藤君なりの意見、主張を一つ出してもらいましょう。佐藤君、今晩は何を食べたいですか?
パンチ 僕は焼き鳥が食べたいです。
西谷 それはなぜですか?
パンチ 先日奥さんの故郷・中国へ行って、中華料理ばかり食べてきた。だけどアニサキス症が話題になっているので、刺身はやめておきたい。それで、焼き鳥を選びました。
西谷 今、「なぜ」と聞かれてパンチさんが答えてくださった部分が、ご自分の主張に対する「理由、根拠」です。それをさらに強く出すと、「論証」になります。大学生がレポートや論文を書くにあたって、これらの「意見、主張」「理由、根拠」「論証」は不可欠です。そういった文章表現のルールや作法を1年生に教えています。
パンチ なるほど。よく分かりました。しかしそもそも、プロ野球を引退してすぐ先生になろうと思ったんですか?
西谷 引退して即、ですね。ただ、実はその前からずっと計画をしていたというか、勉強はしていたんです。(明治)大学時代に高校の国語の教員免許を取り、楽天在籍中、大学院の通信教育で教育学を勉強しました。
パンチ ちょっと失礼な質問になっちゃうんだけど、その勉強している時間にバットを振ろうとか、寝て体力を蓄えようとかは思わなかった?
西谷 思わなくもなかったんですけど、やはり体力には限りがあると感じていましたので。休むことももちろん仕事のうちですが、時間が空くとどうしても野球についていろいろ考えてしまう。やるときは何かやる、とメリハリをつけたかったんです。
パンチ そうか、失礼、失礼。それは僕の場合、もう酒を飲んでの反省会だったわけだけど。パチンコをする人もいればゲームをする人もいる。1日の中で野球をスパッと忘れる時間を作る。それの一つということだね。西谷君の場合はそこで勉強した、ということだ。高校の教職を取ったのは、大学時代、すでに将来先生になりたいという気持ちがあったから?
西谷 はい、もともとそういう気持ちでしたね。
パンチ それはなぜ? あこがれの先生がいたんですか?
西谷 小学校からずっと野球を続けてきて、野球の指導者というだけでなく先生――教育者に恵まれました。だから自分でも、野球の指導はもちろん、教育的指導を加えていきたかったんです。
野球にも国語にもグルメレポにも共通点
西谷先生の実際のゼミ風景を特別に撮影させてもらった。話を聞く学生たちの眼差しは真剣だ
パンチ じゃあここまで理想どおりに来ているんだね。ただ、どうして高校じゃなく大学になったんですか?
西谷 いやあ、大学の先生になろうとはもともと思っていなかったし、なれるとも思っていなかったんです。それが引退後、3つオファーをいただきまして。一つが高校の国語の非常勤講師。それから大学院に通った明星大学の体育の非常勤講師。そして、ここでの文章表現指導ですね。
パンチ 今も全部やっているの?
西谷 今は大学2カ所だけです。いろいろなところに、野球で考えていたことが生きていますね。
パンチ 例えば授業で野球と重なるのはどんなところ?
西谷 さっきのように、学生が自分なりの意見を持ち、主張した。そのとき一番大事なのは、「これに決めた」というものに対して責任を持つことなんです。野球で言えば、「なんで三振したんだ?」と言われたときに、「変化球に張っていたんですが、真っすぐしか来ませんでした」と答えられる。それくらい決心して勝負をかけることと似ています。
パンチ なるほど。
西谷 また、自分自身がずっと勉強畑だけではやってきていない自負もあるので、「どう説明したら分かってくれるかな」とか、「今どういう気持ちで学生はやっているのかな」ということを、学生の立場で考えるにあたって、野球での経験は結構タメになっていると思います。学生がどういう経緯や段階を踏んで、今どんなことを考えているのか、それを考えるのは野球の打席に立ってバッテリーの気持ちを考えているときと同じかもしれません。
パンチ そんなふうに面白く考えられたらいいよね。
西谷 今は自分が褒められるより、学生のいいところを見つけて褒めてやって、学生に喜んでもらえるほうが快感です(笑)。
パンチ 天職なんだねえ。しかし、なぜ国語なの? みんな社会なら取りやすいとか、体育の教職を取って甲子園を目指すとか言うじゃない?
西谷 大学に入るとき、「国語だ」って思ったんです。体育で野球っていう学生はたくさんいましたから。
パンチ だけど国語も野球につながるところがあった、と。面白いよね。
西谷 論理的に考え、1個1個理詰めにしたらどうなっていくか。例えば球種だったら、さっきフォークを投げてきた、だけどフォークでストライクは取れていなかった、ということは勝負球にはならないな、とか。
パンチ そうだよね。ワインもそうなんだって。ソムリエが「これは○○のワインです」って当てるのをわれわれは「すごい」って言うけど、あれも、まず「赤か白か」「フランスかフランスじゃないか」……ってだんだん削っていくと、最後に「これですね」ってなるんだって。
西谷 野球も似ているかもしれないです。
パンチ 全部つながっているのかもしれないね。
<8月10日公開予定の後編へ続く>
●西谷尚徳(にしたに・ひさのり) 1982年5月6日生まれ。埼玉県出身。鷲宮高から明大に進み、1年春から東京六大学リーグ2位の打率.417を残し、二塁手のベストナインを受賞。主将に就任した4年も春秋と連続ベストナイン。新球団・楽天からドラフト4巡目指名を受け、2005年に入団。背番号6を背負う。09年限りで退団し、10年は阪神と育成契約も同年限りで現役引退。プロ通算成績は16試合出場、打率.240(50打数12安打)、0本塁打、7打点、1盗塁。現在は立正大学法学部専任講師。 ●パンチ佐藤(ぱんち・さとう) 本名・佐藤和弘。1964年12月3日生まれ。神奈川県出身。武相高、亜大、熊谷組を経てドラフト1位で90年オリックスに入団。94年に登録名をニックネームとして定着していた「パンチ」に変更し、その年限りで現役引退。現在はタレントとして幅広い分野で活躍中。山形県南陽市のラーメン大使。 構成=前田恵 写真=BBM