抜けた直球を一振りで……

16三振を奪うも、篠塚への1球に泣いた伊藤智仁
1993年6月9日
金沢
巨人1x-0
ヤクルト 金田正一(国鉄)、
江夏豊(
阪神)らに並ぶセ・リーグ記録となる16個目の三振を奪いながら、マウンドの伊藤智仁(ヤクルト)は、そのことにまったく気付いていなかったという。
「全然知らなかったです。5回までに12個取っていたのは分かっていたんですけど、記録には興味がなくて」
1993年6月9日の巨人戦(金沢)に先発したルーキーの伊藤はそのころ、まさに絶頂期にあった。この日も「あんまり調子は良くなかった」と言いながらも、5回までに6者連続を含む12奪三振という圧巻のピッチング。7回に1つ、8回にも2つを加えて、セ・リーグ記録まであと「1」に迫っていた。
両軍無得点のまま、9回裏も一死から八番の
吉原孝介を伝家の宝刀、スライダーで三振させ、タイ記録達成。しかし、伊藤の頭にはそのことは一切なかった。あったのは――。
「篠塚さんならホームランはないなっていう勝手な思い込みです。とりあえずゾーン内でドンドン勝負していこうと思ったのが高めに抜けてしまって……。軽率というか、意識が足りなかったですね」
その高めに抜けた直球に、途中から九番に入っていた
篠塚和典がバットを一振りすると、打球は巨人ファンで埋まるライトスタンドに飛び込んでいった。
プレーボールから150球目の悲劇に、グラブを思い切り叩きつけて悔しがる伊藤。それが今となっては「僕を有名にしてくれた試合です」とほほ笑むのは、時の流れがなせる業だろうか。
写真=BBM