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プロ野球1980年代の名選手

西本聖【後編】“怪物”と呼ばれた天才に努力で立ち向かった右腕/プロ野球1980年代の名選手

 

1980年代。巨人戦テレビ中継が歴代最高を叩き出し、ライバルの阪神はフィーバーに沸き、一方のパ・リーグも西武を中心に新たな時代へと突入しつつあった。時代も昭和から平成へ。激動の時代でもあったが、底抜けに明るい時代でもあった。そんな華やかな10年間に活躍した名選手たちを振り返っていく。

日本シリーズで29イニング連続無失点


巨人・西本聖[左]、江川卓


 そこにスター選手の天真爛漫さはない。すさまじい気迫に隠された打者との駆け引き、打者の内角に迫る鋭いシュート。そこには西本聖という人間の生き様が、にじみ出ているかのようだった。

 1980年代、ライバルは同じ巨人の江川卓。“怪物”と呼ばれた天才に、努力で立ち向かっていった。快速球で三振を奪う江川とは対照的に、絶妙な制球力と数種類のシュートで凡打の山を築く。ストイックに日々の練習を積み重ね、現在では常識だが、いち早くアクティブレストを取り入れて、オフには水泳やテニス、ゴルフで気分転換をしつつ、積極的に体を動かすことで、体力の回復にも務めた。

 80年に初の2ケタ14勝。沢村賞にも輝いた翌81年には18勝を挙げたものの、20勝で最多勝の江川には届かず。84年に15勝で並んだことはあったが、最後までシーズンでは白星で上回ることができなかった。

「ライバルと言われ、仲が悪いと思われていたようですが、それは違います。ただ、言葉にはしませんでしたが、『打たれろ、負けろ』と思ったこともある。江川さんが負けて、僕が勝って、じゃないと“価値観”が作れない。大事な試合では江川じゃない、西本だ。そう思ってくれるものを作りたかった。ライバルって同じチームの同じポジションにしかいないと思う。同じ条件で戦う中で、どっちが上かを競うんですね」

 その“価値観”は81年と83年、2度の日本シリーズで作られることになる。

「日本シリーズはプロにとって最高の舞台。自分の“価値観”を作れる場所でもある」

 日本ハムを破った81年は2勝、防御率0.50でMVP。西武との“盟主決戦”となった83年には2勝1敗、防御率1.73で、81年の第2戦(後楽園)の2回から83年の第5戦(後楽園)の3回まで29イニング連続無失点も。

「あのときの29イニング連続無失点には、僕の野球人生すべてが詰まっています」

 だが、87年オフに江川が突然の引退。

「ずるい、逃げられたと思いましたね(笑)。だから、通算で(江川の135勝を)抜いたときは、うれしかったですよ。でも、僕は江川さんがいたから、ここまでできた。天性のスピードを持つ、あの人がいたから、僕は自分の投球術を磨けたんだと思う」

 江川が去ると、まるで酸素を失った炎のように、勢いを失っていった。そしてトレードで中日へ放出。消えかけた炎が一気に燃えさかった。

「よかったのは、セ・リーグだったこと。だってジャイアンツに出されたわけですから、見返すにはセ・リーグの球団で対戦して勝つしかない。どのチームより、巨人には負けたくない、という思いがありました」

古巣に牙をむいて初の最多勝


 中日1年目の89年に巨人戦の5勝を含む自己最多の20勝を挙げて、初の最多勝。これで江川の通算勝利も抜いた。勝率.769もリーグトップ。江川と競い合って投げていた巨人時代に7年連続で選ばれていたゴールデン・グラブにも返り咲く。ドラフト外から這い上がってきた男の、プロ15年目の姿だった。

 翌90年にも2ケタ11勝を挙げたが、その後は椎間板ヘルニアに苦しめられる。それでも反骨の右腕は現役で投げ続けた。オリックスを経て94年に、プロ入りしたときの恩師でもある長嶋茂雄監督が率いる巨人へ。テストを受けての復帰だった。かつて背番号26でエースの座を争った男に与えられた背番号は90番。プロ入りしたときに長嶋監督が背負っていたナンバーだ。だが、一軍のマウンドには戻れないまま現役を引退した。

 翌95年1月21日、多摩川グラウンド。かつてドラフト外で入団して、泥にまみれた場所で、最初のライバルだった定岡正二が声をかけて“引退試合”が行われた。長嶋監督も駆けつけて始球式のマウンドに立ち、最後の打席にも立った。この試合を完封したのは、天貫くかのように左足を上げて投げ込んだ背番号90。

「言葉がありません。ほんとうに幸せ。それ以上の言葉は浮かんでこない。いろいろな方が引退されたけど、僕は最高だと思います」

 真冬の冷たい風を忘れさせる心あたたまる引退試合は、この男らしいフィナーレだった。

写真=BBM
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