
データによる根拠が提示されたことでチェンジアップに自信を見出した前田。それがさらに前田自身の投球の幅を広くした
MLB移籍後、最初の3 シーズン、
前田健太は右打者の被打率.212に対し、左打者は.261と苦手にしていた。それが今季は逆に左打者を圧倒しそうな気配だ。3月30日のダイヤモンドバックス戦、相手は左打者を6人並べてきたが、7回途中まで対左は16打数3安打で被打率.188、対右は.286。こうなっているのはチェンジアップのおかげである。
この日、左打者に36球。29球の真っすぐより多かった。TV解説者のオレル・ハーシュハイザーは「真っすぐより多いなんて、ケンタにとって、真っすぐがチェンジアップのようなものかな」と笑いながら説明した。
春のキャンプ中、前田はこう説明した。「左への苦手意識が消えた。チェンジアップのおかげで、右、左関係なく、勝負の前から不利なメンタルになることはなくなった」と。
スプリットのように鋭く落ちる、新しい決め球を初めて実戦で使ったのは1年前。もっとも、当初は自信が持てず使用に消極的だった。それを変えたのは球団の提示したデータだった。
「春先、あまり手応えはなかったんですけど、落ちている幅とか、被打率がすごく良いから、もっと自信を持って投げていいよと」
調べると、最初のころダイヤモンドバックスのデビッド・
ペラルタ、レッズのホセ・ペラザらに打球速度100マイル前後の痛烈なヒットを許している。「投げ始めたときに、一本完ぺきに打たれたら、(感覚的に)ああダメだと思ってしまう。打ちやすいんだなと。でも何十打席、何百打席投げて(データ上)打たれてないよとか、スライダーより左打者には有効だとか、いろいろ出されると、そんなに良いんだな、と思える。僕のチェンジアップより上だと思っていたピッチャーの球よりデータが良かったら、あれよりも上なんだなとか」と前田。
データを信じ、この球種を多く投げ出すと、結果も後に続いた。特に印象の残ったのは7月、エンゼルス戦で
マイク・トラウトや
大谷翔平のバットに空を切らせたシーンだ。スタットキャストのデータによると、昨季のチェンジアップの空振り率は47.6パーセントでスライダーの44パーセントよりも上、被打率.135でスライダーの.216よりも上。ちなみにダイヤモンドバックス戦、真っすぐの打球速度は96.6マイルと強く打たれたが、チェンジアップは84.6マイルと弱い当たりばかりだった。
メジャーは、日本よりも対戦する打者が多いだけにデータが重要になると前田。「日本では自分の感覚を信じて、このボールがこの打者に有効だと思えば投げていました。しかしこっちは選手がどんどん入れ替わるし、新しい選手が出てくるとデータを信じるしかない。データって間違いはないんです。このボールが打ててないと、実際はそこがめっちゃ得意だったというバッターはいなかった。苦手な率の悪いコースがあればそこにきっちり投げる。ウソの率はないので」と言う。
スポーツ・イラストレイテッド誌によるとドジャースはこういったリサーチに人件費も含め、30球団トップの年間2000万ドルをかけているという。今後も前田のピッチングをバックアップしていく。
文=奥田秀樹 写真=Getty Images