控えめな印象が一変

日本選手権出場を決めた東京ガスナイン
取材をする側である立場上、どちらか一方のチームに熱を注がず、あくまでも中立の立場で試合を見るように心がけているのだが、この試合は東京ガス野球部から目が離せなかった。都市対抗予選から、チームの雰囲気がガラリと変わっていたからだ。
9月4日の日本選手権代表決定戦(県営大宮)での対戦相手は強豪・JR東日本。ドラフト候補として名高い
太田龍(れいめい高)や
西田光汰(大体大浪商高)、新人ながら安定した投球が魅力の左腕・
伊藤将司(国際武道大)といった豊富な投手陣に加え、打線も威勢がいい。
両者どちらも点を許さない接戦の状況が続いていたが、この日5打数3安打と好調だった
佐藤拓也(立大)の二塁打で6回にJR東日本が先制。このとき、流れはJR東日本に回ったかと感じた。
しかし、東京ガスのベンチ内の盛り上がりは収まらない。見れば選手全員が前に出て、身を乗り出して声を張り上げている。
「まだいける! やれる!」
「あとは気持ち次第! 勝てる!」
選手たちは口々に、明るい表情で味方を鼓舞する声をグラウンドにいる選手に投げ掛ける。今までのどこか控えめな印象のチームとは違った、この試合にかける執念のようなものが伝わってきた。
その後、8回裏に同点に追い付き、延長までもつれ込んで迎えた11回。ベテラン・建部賢登(法大)の中前打で見事サヨナラ勝ち。接戦を制した瞬間、選手、スタッフの誰もが涙を流していた。
この原動力とチームの変化はどこから来ているのだろうか。試合後に山口太輔監督(慶大)に話を聞くと、都市対抗予選の敗退も大きなきっかけではあるが、ちょうど1カ月前に亡くなった安達公則コーチの存在が大きかったそうだ。
「突然の訃報でまだ立ち直れていない部分はあります。ただ、それは安達さんも望んでいないかな、と。見えない力となってベンチ内で選手たちを後押ししてくれた気がします。今日は安達さんのために何としてでも勝とうと力が入っていました」
「大阪でも粘り強く戦いたい」
チームは都市対抗の予選で敗退してから、監督やコーチだけでなく、選手間でも自分たちに足りないものは何かについて議論を続けた。そこで見えてきたのが、追い込まれてからの気持ちの問題だったと山口監督は話す。
「今まではどこか淡白な部分があるチームではありました。そこを改善するためにどんなときも粘り強く戦い抜くことをモットーに練習を重ねてきました。今日の試合では選手自身が、各々で『最後は気持ちが大事なんだ』ということに気付けていると感じた。それがあのベンチ内での盛り上がりにつながったのかと思います。安達さんも、この勝利にきっと喜んでいますよ」
試合日は安達コーチの月命日。選手たちの手首には、安達コーチの背番号「42」が刻まれたそろいの黒いリストバンドがつけられていた。決勝打を放った建部はリストバンドに触れながら、
「チームが目指すのは日本一。チャレンジャーの気持ちで、大阪でも粘り強く戦いたい」
と意気込んだ。
大きな悲しみや苦しみをチーム全員で乗り越えた東京ガス。生まれ変わったたくましい姿を見て、こんなにも勝利がうれしいと感じた取材は初めてだった。粘り強さを手に入れたチームは、本戦までにどんな成長をしてくるのだろうか。京セラドームでの躍動が楽しみだ。
文・写真=豊島若菜