昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。 コーラ男・マクレインの八百長疑惑
今回は『1970年3月30日号』。定価は80円。
巻頭は近鉄の新人・
太田幸司のオープン戦での登板だったが、本文ページに入ると、やはり黒い霧が厚く覆う。それも日米だ。
まずは海の向こうメジャーの事件から。デニー・マクレイン、タイガースのエースで1968、69年の最多勝投手の黒い交際疑惑である。1日にペプシコーラを25本飲むことでも知られていた男だ。
マクレインは大のギャンブル狂で、しかも下手。数千ドルの負けがあり、マフィアも絡むノミ屋とずぶずぶの関係になっていた(というか組織の一員になっていたともある)。
細かく書くと長くなるが、この流れで不審死した人物もあり、マクレインには、67年終盤の数試合で八百長行為の疑いももたれていたようだ。
記事内ではシリア人マフィアと書いてあったが、シチリアの間違いだろうか。
次は日本の黒い霧事件。これは前回も触れたように国会が舞台となっていた。
3月9日、衆議院の予算委員会で、社会党・中谷鉄也議員が、荒木国家公安委員長へ野球賭博の実態について質問した。
荒木委員長によれば、69年、賭博で検挙されたのは3453件1万2700人で、そのうち野球賭博で検挙されたのは204件116人、70年に入ってからが54件63人だったという。
野球賭博は電話でのやり取りが多く、検挙が難しいとも話していた。
中谷氏は「それは氷山の一角だ」とし、テレビ局で野球の八百長事件を批判した大学教授・鈴
木武樹がヤクザ風の人物から「そんなこと言っていると、先生も危ないよ」と脅迫されたこともあると発言。さらに「オープン戦の興行主には暴力団関係者が多い。暴力団の資金源になっているのでは」と指摘した。
また、行方不明とされている
永易将之が伊東温泉付近で暴力団に軟禁されながらも、彼らに護衛され、銀座で飲み歩いていると言い、「これを放置するのか」と迫った。
これには警察庁の高松刑事局長が「初耳だ。関係者の申告があれば調査したいが、申告がないので」と答えた。
さらに67年1月の総選挙の際、候補者と候補者を支援する暴力団関係者と並び、某球団のコーチと選手が応援演説をしていたという暴露話があった。
のち社会党の機関紙で、これが巨人で謹慎中の
藤田元司コーチと、
柴田勲だったことが明かされた。
柴田は「行ったことは事実だが、僕は藤田コーチに頼まれてついていっただけ。暴力団関係のことなんてまったく知らない」と話していた(藤田コーチ、巨人はこれに関し、ノーコメント)。
12日には自民党の川崎秀二議員も質問に立ち、「青山企画事務所事件」についても言及した(これは元東声会幹部ら5人が逮捕された際、17人のプロ野球選手が参考人として取り調べられたというウワサが立ったものであるが、警察関係者は、これを否定している)。
もはや球界内での隠蔽は難しくなった印象がある。
軽い話も書いておこう。
西鉄と巨人のオープン戦でのことだ。
西鉄の
稲尾和久監督と、69年に西鉄から巨人に移籍した
若生忠泰(忠男)は非常に仲が良かったが、口の悪さでは天下一品の若生の毒舌に稲尾がタジタジになることも多かった。
この日も、稲尾が監督になろうがお構いなく、タメ口で、
「サイちゃん、監督の気分はどうや。きょうはいっちょ俺と投手戦をやってみないか」と話しかける。
実は若生、この年から稲尾と同じ背番号24となっていたので、稲尾も
「その番号をけがさんようにしてくれよ」
と返したが、これに対する答えもすごい。
「昨年、西鉄で1勝7敗(稲尾の成績)の投手の着けていた背番号と同じではいただけないのだがね。巨人のほうでも事情がありまして、これにしたわけだが、俺は嫌なんだが仕方がないのだ」
きょうが休日であるのを失念していました(本業? の週刊誌作業はハッピーマンデーは関係なしなもので)。あしたは振休とさせていただきます。
では、また水曜日に。
<次回に続く>
写真=BBM