時代によって捕手の起用に変化

現在、WBCで戦っている侍ジャパンもメインでは甲斐[写真]、中村を起用している
WBCでは侍ジャパンが1次ラウンドを4連勝し準々決勝に進出。今回捕手は
甲斐拓也(
ソフトバンク)、
大城卓三(
巨人)、
中村悠平(
ヤクルト)の3人が選出されたが、第1戦の中国戦、第3戦のチェコ戦は甲斐、第2戦の韓国戦、第4戦のオーストラリア戦は中村がスタメンマスクをかぶり、大城は中村に代わって試合終盤にマスクをかぶった。第1回(2006年)は
里崎智也(
ロッテ)、第2回(2009年)は
城島健司(
阪神)、第3回(2013年)は
阿部慎之助(巨人)、第4回(2017年)は
小林誠司(巨人)とメインとなる捕手が固定されていたが、今回は甲斐、中村の両刀遣いで大城がサブの起用となっている。
ひと昔前までは、一流の捕手が育てばチームは10年安泰と言われたほどだった。ただ「その一人」が育つのもなかなか難しかった。2リーグとなった1950年から昨年まで捕手の規定試合数(チーム試合の半分)に出場したのはのべ1055人(1年、リーグ当たり7.2人)いるが、そのうち規定打席に達したのはのべ296人しかいない。5年以上捕手の規定試合数&規定打席に達したのは以下の20人(☆はリーグ優勝経験)。
門前真佐人 6年(大洋1950~51→
広島52~55)
土井垣武 5年(毎日1950~53→東映54)☆
野村克也 20年(南海1957~73、75~77)☆
森昌彦 6年(巨人1962~64、65~66、68)☆
岡村浩二 5年(阪急1963~64、68~69、71)☆
醍醐猛夫 5年(東京・ロッテ1965~66、69~71)☆
木俣達彦 15年(
中日1965~66、68~80)☆
田淵幸一 7年(阪神1969、72~76、78)
大矢明彦 7年(ヤクルト1971~72、74~76、78、80)☆
若菜嘉晴 5年(阪神79~81、大洋85~86)
山倉和博 6年(巨人80~83、85、87)☆
伊東勤 13年(
西武84~95、97)☆
田村藤夫 6年(
日本ハム1986~89、92~93)
中村武志 7年(中日1989、93~94、96、98~99、2001)☆
古田敦也 13年(ヤクルト1991~93、95~2004)☆
谷繁元信 13年(横浜1994、96~2001→中日02、04~07、12)☆
城島健司 9年(ダイエー・ソフトバンク1997~99、2001~05、阪神10)☆
矢野輝弘 7年(阪神1999~2000、03~06、08)☆
阿部慎之助 11年(巨人2002、04~10、12~14)☆
相川亮二 5年(横浜2005、07→ヤクルト09~11)
野村克也の20年を筆頭にプロ野球の歴史を残した捕手がずらりと並ぶが、2010年ぐらいを境にその数は減ってきている。
先発によって先発捕手を代える傾向
現役での最長はWBCに出場している中村(2015、17、19、21)と
オリックスに移籍した
森友哉(2018~21)の2人の4年が最多。ソフトバンクの甲斐は捕手としては2017年から6年連続で100試合以上に出場しているが、規定打席に達したのは2019、21年の2年のみ。WBC代表の大城はここ2年間は捕手として100試合以上に出場しているが、いまだに規定打席には到達していない。
近年は先発投手によって先発捕手も代えるチームも増えてきていて、捕手事情も変化が見られている。
昨年、チーム試合半分の72試合以上に捕手として出場したのはセ・リーグが6人でパ・リーグが7人だったが100試合以上に出場したのは甲斐、大城、中日・
木下拓哉の3人のみ。そのうち規定打席に達したのは木下だけ。捕手の規定打席到達が両リーグで1人だったのは、
1956年 セ
藤尾茂 巨人
1957年 パ 野村克也 南海
1967年 パ 野村克也 南海
1990年 パ 伊東勤 西武
2011年 セ 相川亮二 ヤクルト
2014年 セ 阿部慎之助 巨人
2016年 セ 小林誠司 巨人
2020年 パ 森友哉 西武
次いで9度目。そのうち2011年以降が5度。「10年安泰」から複数の捕手を起用する時代に変わってきているのかもしれない。
文=永山智浩 写真=BBM