
試合前のセレモニーでは、創造力の高さでファンを楽しませるバナナズ。試合中もダンスやコメディー要素を盛り込んでいる。選手は野球選手であるのと同時にパフォーマーでもあるのだ
8月18日から21日にかけて、ドジャース対ロッキーズの4連戦の取材でデンバーを訪れた際、ホテルのチェックイン時でもウーバーの運転手との会話でも、話題に上ったのはロッキーズではなく、同9日と10日にクアーズ・フィールドで行われたサバンナ・バナナズ対ファイアファイターズの試合だった。チケットは完売し、試合前から球場全体が熱気に包まれていた。ゲートが開くと同時にファンがグッズ売り場に殺到し、飲食ブースには長蛇の列ができていたという。
残念ながら、こうした光景はドジャースとの4連戦では見られなかった。5万人収容のスタンドに入ったのは、2万7000人、2万5000人……。低迷中のロッキーズだけに、致し方なかった。
サバンナ・バナナズは、21世紀におけるアメリカのスポーツ・スタートアップの最も成功した事例の一つである。ジョージア州サバンナを拠点に2016年に設立され、10年も経たないうちに徹底したファン重視の姿勢によって圧倒的な人気と忠誠心を獲得する存在となった。
今季はメジャー・リーグの18球場と3つのフットボールスタジアムを巡り、すべての試合が完売。クレムソン大のフットボールスタジアムには8万人もの観客が詰めかけた。
組織の目的は観客を楽しませることにあり、ゲームをスピードアップさせ、退屈に見える要素を取り除くことを目指している。通称「バナナボール」には独自のルールが設けられている。大差の試合ではファンの関心が薄れるため、9回が必ず意味を持つようルールが変更されており、1〜8回は各回ごとに勝ったチームに1ポイントが入り、9回は得点無制限となる。
試合時間は2時間のタイムリミットが設けられているが、多くの場合それより早く終了する。打者は打席から一歩でも出れば自動的にストライクとなり、投手に関してはマウンド会議が禁止されている。さらにユニークなのは、ファウルボールを観客がキャッチするとアウトになることだ。選手がバック宙を披露したり、竹馬に乗ってプレーしたりする場面もある。
そして、引き分けの場合には1対1のピッチャー対バッターによる「決闘」で決着をつける。試合中にはダンスやコメディー要素も盛り込まれ、選手たちは同時にパフォーマーでもある。
魅力的なのは、その創造性である。いまのMLBはアナリティクスが支配し、試合に勝つことがすべてに優先される。選手はデータに基づいたプレーを求められ、個々の創造性や感性を発揮する余地は少ない。だが、野球はもともと完璧な科学とは異なり、むしろ芸術的な不完全さがあるほうが面白いのではないか──そう考えさせられる。
ちなみに、TikTokではバナナズの
ジャクソン・オルソン選手が200万人のフォロワーを持ち、リーボックやゲータレードとも契約している。バナナズの公式TikTokアカウントのフォロワー数は1050万人に達し、MLB公式(830万人)を上回っている。バナナズの試合はスポーツ専門局「ESPN」でも放送され、同局の関係者は「新たな視聴者層にアプローチでき、次世代アスリートへのインスピレーションを提供できる」と高く評価している。
文=奥田秀樹 写真=Getty Images