1985年の猛虎打線のキーは二番、六番打者やったわ

オレは監督時代に打線を決めるときは四番を軸にした。写真は金本知憲[現監督]
「五番 セカンド 岡田」
懐かしい響きだ。バッティングや打線のことを語るとき、いつも、この当時のことが思い出される。そうです、1985年、
阪神が日本一になったシーズンのことです。
とにかくあの年の打線は強烈やった。一番が真弓(明信)さんで二番には弘田(澄)さん、北村(照文)さん、吉竹(春樹)が起用され、三番・バース、四番・掛布(雅之二軍監督)さん、五番がオレで、そのあとを六番・佐野(仙好)さん、七番・平田(勝男)、八番・木戸(克彦)と続いた。
まあ甲子園のバックスクリーン3連発が代名詞になっているように、クリーンアップはホンマ、よう打ったよな。3人とも打点が100を超えた。こんな例はそうないと思うよ。ただし1年間、3人が3人ともそろって好調だった……なんてことはない。いや、ありえないわけよ。そういうときこそ、助け合い、カバーし合う。それができたクリーンアップやったと思うよね・・・
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