日本ハムが宣言どおりの強行指名も…160キロ右腕の揺るがぬ決意前途多難な入団交渉の期限は3月末 取材・文=渡邉大輔 写真=高原由佳、BBM
雨中のキャッチボールに秘められた決意 冷たい雨が降っていた。ドラフト会議が始まる17時を前に、花巻東高の
大谷翔平は部室からグラウンドへ飛び出した。ユニフォームで何度もボールをぬぐわなければ投げられないほど、雨足は強かった。びしょ濡れになりながら、それでもキャッチボールを敢行した。
「(ドラフト中継を見て)心に残るのが嫌だった。(メジャー挑戦を)発表していたし、それに向かって頑張ろうと思っていたので、いつもどおり練習しようと思いました」

▲キャッチボールを終えた大谷は、室内練習場で会見。同校には約80人の報道陣が詰めかけた
4日前の10月21日にメジャー挑戦を表明したばかりの最速160キロ右腕は、ドラフトで「指名されることはないと思っていた」と言う。しかし、ドラフト2日前に、北海道日本ハム・
山田正雄GMが「獲得できる選手から選ぶのでなく、NO.1の選手を指名するのが球団方針」と、大谷の強行指名を明言。大谷本人はドラフト前日にチームメートからその報道を伝え聞いたが、「自分の目標に向かって行くだけ」。大粒の雨に打たれながら、白球に集中することだけを続けた。

▲12球団の最後に大谷の名前が読み上げられると、会場からはどよめきが起こった●写真=小山真司
17時17分――。12番目の第1回入札で予定どおり、北海道日本ハムが単独指名した。報道陣が部室脇で雨宿りをしながらドラフトの状況を確認したとき、大谷はすでにキャッチボールを終え、部室へ引き揚げるところだった。そして、ウエート場でストレッチをしようとしたときに、流石裕之部長から指名があったことを聞いた。「分かりました」。そうひと言だけつぶやいた大谷の表情は引き締まり、神妙な面持ちだったと同部長は語る。
指名から約10分後に行われた会見では、「評価をしていただいたことはうれしいけど、日本のどの球団から指名されたとしても、自分の気持ちは変わらない」と繰り返した。日本ハムは
ダルビッシュ有(現レンジャーズ)の例にあるようにメジャーへのポスティング移籍に寛容だ。加えて06年・
陽仲壽(現・岱鋼)、07年・
吉川光夫、08年・
中田翔ら高卒ドライチを一流プレーヤーへ成長させた育成システムにも自信を持っている。9月26日に同校で面談した際も、それを説得材料としたのだが、「それもすべてお聞きした上で、メジャー挑戦を表明しました」(大谷)。現段階で日本ハムへ入団する可能性は、「ゼロです」と断言した。
ドラフト指名直後、日本ハムは同校・佐々木洋監督の元へ指名経緯の連絡を入れ、翌日には山田GMと大渕隆スカウトディレクターが指名あいさつのため同校を訪問した。ドラフト指名後、佐々木監督は「本人も含めて対応するつもり。機会をつくらなければならないと思っている」と話しており、日本高野連からも指名あいさつには本人を同席させることを通達されていたが、結局は佐々木監督の対応のみ。「できれば本人に会いたかったが、覚悟はしていた」(山田GM)

▲1位指名に踏み切った日本ハム・栗山監督は言葉を選びながら慎重にその思いを語った●写真=小山真司
空振りに終わったわずか18分間の指名あいさつでは、
栗山英樹監督からのメッセージや、ユニフォームなどのサプライズプレゼントは用意せず、指名経緯の説明と、メジャー挑戦を志す動機についての確認だけにとどまった。一方、佐々木監督からの質問は一切なく、取材陣への対応もなかった。
「今後は学校ではなく、両親と大谷本人と交渉をしてくださいと言われました。時間をかけてあきらめず、最後の最後まで頑張っていきたい」と山田GM。栗山監督も「正直、申し訳ない思いもある。話を聞いてもらえたらうれしい。花巻に早く行きたいし、何度でも足を運ぶつもり」と覚悟のコメントをしている。
揺るがない右腕の決意 今後のルール作りは急務 日本ハムは10月27日から日本シリーズが開幕。さらに日本一になれば11月8日からアジアシリーズ(韓国・釜山)へも出場する。山田GMも同行予定のため、次回交渉はシーズン終了後となる見込みだ。日本ハムとの独占交渉権は来年3月31日まで。ただし、メジャーとの契約を阻むものではないが、大谷サイドが国内より先にメジャーとの交渉を進めてしまえば、多方面から批判が出ることは間違いない。すでにドジャース、レンジャーズ、レッドソックス、
ヤンキースと面談を済ませているが、オリオールズ、カブスなども獲得に興味を示している。

▲ドラフト会議翌日に行われた日本ハムの指名あいさつ。山田GM[写真右]と大渕スカウトディレクターが花巻東高を訪れたが、大谷本人との面会はならなかった
「日米間の紳士協定のこともあるので、日本高野連の指示を仰ぎながら、いろいろな機関と相談していきたい」(佐々木監督)
実際、09年にメジャーから熱視線を浴びた
菊池雄星(現埼玉
西武)のときも、「明確なルールがあれば混乱せずに済んだ」と、佐々木監督も苦悩の表情を浮かべる。
すでに、27日には今回のことを受けて12球団代表者会議が開かれた。アマチュア選手がドラフト指名を拒否して海外球団と契約した際に、一定期間NPB球団と契約できないという申し合わせがあり、高校生の場合は帰国後3年間だ。この“ルール”が適用されるかどうか、見直しを含めて今後も議論していく方針が決まった。
ドラフト1位候補の高校生がドラフトを経由せずに海外へ挑戦するのは、史上初のケース。もし大谷が海を渡るとなれば、高校生のメジャー流出に拍車がかかり、プロ野球界にとって大きな痛手となる。いかに魅力ある日本プロ野球を作り上げるか。今後の課題となることだろう。
「日本球界への復帰は、ない。それくらいの決意を持ってメジャー挑戦を表明しました」(大谷)
決意はブレない。中学2年生のころ、
田澤純一(現レッドソックス)のメジャー表明会見を目にしたときから抱き続けたアメリカへの夢。4年の時を経て、「だれも成し遂げたことのないことをしたい」パイオニア精神がいまは、大谷を突き動かしている。雨中のキャッチボールこそが、今回の指名に対する大谷の答えだ。

▲ドラフト当日、メジャーへの思いを胸に雨中のキャッチボールを敢行した大谷だったが…
PROFILE おおたに・しょうへい●1994年7月5日生まれ。岩手県出身。193cm86kg。右投左打。
花巻東高では1年春からベンチ入りし、2年夏、3年春に甲子園出場。今夏は岩手県大会準決勝で盛岡大付高に敗退も、高校生史上最速の160キロを計測した。
野手としては高校通算56本塁打を放ち、8月末から韓国で開催された18U世界選手権では、日本代表の四番を担った。