プロ野球は、団体競技であると同時に個人競技。 打席とマウンドで見せる“個人技”こそプロの腕の見せどころである。 このプロ野球選手の卓越した技量は、「師弟関係」「師弟愛」から生まれる、というのが日本人の大好きな物語。 今回の長嶋茂雄氏と松井秀喜氏の国民栄誉賞ダブル受賞も、その物語が背景にあるから、日本中から祝福された。 日本のプロ野球における「師」と「弟」の物語を2つのケースを中心に語ってみよう。 文=大内隆雄
野球の師弟関係は基本的に功利的でいいのだが荒川-王関係は特別 「師弟は三世(さんせい)」という表現がある。多分、分かりやすく、薄められた仏語(ぶつご)なのだろうが、手元の辞書では「師弟の縁は前世から現世を経て後世にわたる深い因縁である」と説明されている。ウ〜ン。師弟関係を結ぶということは、大変なことなのだ。弟の方からはもちろん、師の方からだって軽々しく「師弟」という表現は使えないのだ。なにしろ三世の因縁である。「我々は師弟関係にある」と現世の2人で認め合ったって、前世と後世でどうなっていたのか、また、どうなるのか分かったものではないのだから、師弟関係というのは極めて不安定なものと、あらかじめ考えておいた方が安全だろう。まさに理想的な師弟関係といわれていた2人が、いつの間にか敵対関係に――これは浮世の常なのだから。
そういうわけで、筆者は野球での「師弟関係」や「師弟愛」をあまり正面からとらえないことにする。野球の師匠は弟子に技術を授け、弟子は、その技術を用いて立派な選手になる、そして、師匠も弟子も世間の高い評価を得る。つまり、2人は極めて功利的な関係にある。また、それでいいのである。
そんな中で、筆者は
荒川博と
王貞治の関係だけは・・・
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